日本人の知らない日本②
前回の記事の続きです。
私たちは,
「宣戦布告もせず真珠湾奇襲という卑怯な形で米国を攻撃した。」
「米国は戦争の早期終結のため,広島,長崎に原子爆弾を投下した。」
「終戦後,戦争を主導した日本の政治家や軍人などの戦争犯罪人を裁くために東京裁判が行われた。」
とだけ教えられ,日本が何故大東亜戦争に踏み切ったのか,何故原爆で多くの人が無くならなければならなかったのか,東京裁判とはどのようなものだったのか,という歴史の背景は教えられた記憶がありません。
今回は大東亜戦争と東京裁判に対する米英の政治家や軍人の証言をいくつか紹介します。
大東亜戦争(太平洋戦争)
「如何にしたら日本が先に、米国に攻撃を仕掛けるかを検討中である。」
-英国王立公文書館の資料にあるチャーチル首相が大西洋上の軍艦でルーズベルト大統領と昭和16年8月10日と11日におこなった大西洋憲章制定に関する秘密会談の一部より-
「日本は、フイリピンおよびその他のいかなる米国の領土に対しても、野心を有していなかった。しかしながら、ひとつの国家として、日本はその工業、商業航行および海軍のための石油なしに存立できなかった。非常な平和愛好家である首相の近衛公爵は、ワシントンかホノルルに来てもよいからルーズベルト大統領と会談したいと、繰り返し要望していた。彼は、戦争を避けるためには、米国側の条件に暫定協定の形で同意する意思があったが、ルーズベルトは、すでに対日戦、およびその帰結としての対独戦を行なうことを決意していたという理由で、日本首相との話し合いを拒否した。」
「日本が戦争を始めた理由は、フィリピンを初めとする東洋へのアメリカの進出を、いかに日本が恐怖に感じたかを理解しなければ分からないだろう。また1941年に、アメリカが日本へのいっさいの石油資源の供給を絶った時の日本の感じた深刻さも無視することはできないであろう。そう考えてみれば、真珠湾攻撃を一方的に卑劣だと非難することはあたらない。」
「トルーマンの原爆投下命令は果たして正当化できるのか。大変な過失ではないのか。トルーマンは日本が無条件降伏を拒絶したためと説明している。これによって米軍兵士の損失を防いだ。さらに真珠湾攻撃への代償を日本は何十倍にして返さなくてはならなかったと述べた。しかしこれに対し、歴史家の一部は疑問を呈している。米国は暗号を解読しており、日本がモスクワ経由で降伏条件を打診していることを知っていた。さらにスターリンはドイツ降伏から三カ月以内、つまり八月初旬には日本に参戦すると話していた。ならば原爆投下や本土決戦なしに勝利は可能だったのではないか。そう歴史家は論じている。」
「米国が戦争に追込まれたというのは、歴史を歪曲するも甚だしい。米国が余りひどく日本を挑発したので日本は真珠湾攻撃の止むなきに至ったのだ。」
「潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けている時よりも、働き、生産している時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。これほど巨大な労働能力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、1千万から1千2百万の失業者が発生するであらうことを彼らは恐れてゐました。 したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」
「東京裁判は誤りだった。」
東京裁判
「東京裁判は史上最悪の偽善だ。もし米国が同じ立場だったら、日本と同じように戦っただろう。」
「私は最初日本に着いたときには、これはとんでもない事件を引き受けたものだと、後悔しないでもなかった。しかるにその後、種々調査、研究しているうちに、私どもがアメリカで考えていたこととは全然逆であって、日本には二〇年間一貫した世界侵略の共同謀議なんて断じてなかったことに確信を持つにいたった。したがって、起訴事実は、全部無罪である。しかし、これは弁護人である私が二年半を費やし、あらゆる検討を加えてようやくここに到達し得た結論である。したがって、裁判官や検事はまだなかなかこの段階に到達していないだろうと想像される。これが判決を開かずして帰国する私の心残りである」
「東京裁判はいくつかの重大な誤判を含むのみならず、全体として、復讐の感情に駆られた、公正ならざる裁判だった。」
「我々は戦争法規を擁護する為に裁判をしているはずだったのに、連合国が戦争規を徹底的に踏みにじった事を、毎日見せつけられていたのだから、それは酷いものだった。もちろん、勝者と敗者を一緒に裁く事は不可能だった。東條が東京裁判は勝者による復讐劇だと言ったのはまさに正しかった。
日本は西洋諸国の植民地を解放した罪によって罰せられたが、その四半世紀もたたないうちに、1960年(昭和35年)に国連が植民地を保有することを不法行為であると宣言し、その後、国連総会が植民地の保有を犯罪として規定すらした。」
「原子爆弾という、国際法で禁止されている残虐な武器を使用して多数の一般市民を殺した連合国側が、捕虜虐待について、日本の責任を問う資格があるのか。 」
「日本は国際法に照らし、全被告は無罪である。」
真珠湾攻撃は,"彼ら"が日本を戦争に参戦させたくて米国,英国をそそのかしました。日本を兵糧攻めにし,ハルノートという最後通牒を突きつけ,事実上の宣戦布告をしてきたのは米国です。
さらに,日本から真珠湾に大艦隊が航行するのを米国が知らないはずはなく,事実,空母や新鋭艦は退避していて,攻撃時に真珠湾に停泊していたのは老朽艦だけでした。
なお,大本営は文字通り大東亜の解放のため,インド洋に展開する英国軍を叩き,英国への物資を断つことにより,国際連合を弱らせる作戦を計画していたにもかかわらず,海軍・山本五十六の暴走により真珠湾攻撃に至ったことも分かってきています。
また,東京裁判は裁判という名の虐殺だったことが日本人以外の人々の証言により歴史的にも明らかになっています。
どんな犯罪者も処刑され罪を償ったら犯罪者ではありません。なのに,英霊たちを処刑された後も"A級戦犯"と呼ぶのは間違っています。それを誰も指摘しないことこそ異常です。
古来,戦争は軍人同士が民間人のいないところで戦うものであり,もし,民間人が居たら戦闘開始前に民間人を逃がすのがルールです。ましてや,民間人に対し攻撃すると言うのは,明らかに国際法違反であり戦争犯罪です。
ですから,東京を含む全土の空襲や広島,長崎の原爆投下は,もはや戦争ではなく「虐殺」です。
昭和20年7月の時点で,英米は,放っておいてもまもなく日本が降伏することを知っていたにもかかわらず,米国は東京大空襲とマンハッタン計画を実行し原爆が投下されました。
「たとえ原爆が 投下されなかったとしても、ソ連が参戦しなかったとしても、本土上陸作戦が行われなくても、日本は非常に高い確率で九州上陸作戦の決行予定日である昭和20年11月1日から、12月31日までの間に、確実に降伏したであろう。」
広島と長崎に落とされた原爆はそれぞれ種類が違います。
後に米国は「2度の原爆実験に成功した」と自慢げに声明を発表しています。日本人に対して原爆実験を行ったと言っているのです。
民間人に対する原爆投下は明らかに戦争犯罪であり,多くの証言もありますが,米国はそれを認めていません。
このように,対戦した国においても日本の正しさを多くの人々が証言し、公開されているにもかかわらず、日本ではそれらを目にすることはありません。明らかに不自然です。
今回ご紹介したのは,海外の人々から見た日本の一側面であり,全てではありません。アジアでの戦闘時には残虐行為もあったかもしれません。現地の人を蔑んで暴言を吐く人もいたことでしょう。
でも世界中の多くの人々が日本軍と日本人を称賛している事実があります。
国民全員が善人という国はありませんし,100%善で構成される人間もいません。そもそも,善という概念も人によって異なります。
ただ,負の側面だけを捕らえて報道したり罵声を浴びせたりするのは間違っている。良い面も悪い面も全て明らかにして,何が良かったのか悪かったのかを議論し,個々の意識を高めていくことで未来を良くしていくことができるのだと思います。
最後に,海外の人々からの日本人に対するエールをご覧ください。
「『敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花』
これは、私が敬愛する新渡戸稲造先生の名著『武士道』の中で改めて紹介されている本居宣長の和歌ですが、この「大和心」こそ、日本人が最も誇りに思うべき普遍的真理であり、人類社会がいま直面している危機状況を乗り切っていくために、絶対に必要不可欠な精神的指針なのではないでしょうか。」
「どうぞ心に留めていただきたい。“日本”は、あなた方現代の日本人だけのものではない、我々“元日本人”のものでもあることを。私は、台湾にやってくる日本人に説く。『自分の国を愛しなさい』と。自分の国をも愛せない人が、どうして他人や他の国の人々を愛せるだろうか。自らの祖先を敬い、親兄弟を愛し、そして、そうした人々が幸せに暮らす祖国を愛してこそ、世界の人々を愛せるのだ。・・・
どうぞ台湾に日本の正しい歴史を学び、自身と誇りを取り戻していただきたい。そして誇りある日本がアジア地域の安定と平和を担う真のリーダーたらんことを願う。
日本人よ胸を張りなさい!」
「私はかつて日本人であったことに誇りを持っていますが、逆に日本の方々は誇りを持っていないんですね。どうか皆さん、過去に対して正当な評価と自信を持ってください。
戦前の日本の台湾統治に対し謝罪する必要などありません。戦後の日本政府は、深い絆を持ちながら世界で一番の親日国家である台湾を見捨てました。謝罪すべきはむしろ戦後の日本外交です。
日本のみなさん、自信を持って下さい。まだまだ日本には底力があります。皆さんが立ち上がって、大国としての政治をやれば日本は強い国になります。欧米の金融メジャーからアジア経済を守り、共産主義国家の武力侵攻に対抗できる国は日本しかありません。地球環境保護の問題で世界をリードできる技術も日本は持っています。
私は、日本がもっと強い国になり、政治経済の上で本当にアジアの盟主となってくれることを願っています。日本と台湾が手を取り合って頑張れば、きっとアジアはもっとすばらしい発展を遂げることができると思います。・・・
皆さん、すばらしい日本と台湾、そして新しいアジアの建設のために共に努力してゆこうではありませんか。」
「日本民族の勇気、万邦安泰の礎たらんとする熱誠、自然や神々との緊密な結びつき、歴史の連続性、文化の奥深い独創性などからして、日本こそ、明日の文明の座標軸の一つとなってしかるべきではないでしょうか。」
「われわれの児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。
ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。
ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることを伝えしたい。」
情報統制による一方的な見方しか教えられなかった時代は終わらせなければなりません。
子どもたちのために,多方面の情報を分析し,誇りある正しい日本史観を作り上げ,広げていきましょう。
それが,未来を形作る礎となります。
