毎日連絡が来る人のことは、こんなに考えないはずなのに
枕元で充電していたスマホを、あなたはいったん伏せたはずです。
画面に出ていたのは短い一行でした。「今から来れる?」とか、「起きてる?」とか。そういう連絡はいつも短くて、疑問符で終わります。
今日は行かない、と決めていました。決めたのは今日ではなくて、たぶん先週です。あるいはもっと前。何度も決めているので、決めたこと自体はもう新しくもない。
それなのに、次に覚えているのは、充電ケーブルを抜いている自分の手です。まだ六十パーセントくらいだったかもしれません。抜いてしまえば、行くことになる。それがわかっている手の動きでした。
決めたのは頭で、先に動いたのは手です。その間に、数秒があります。
決断ではなく、その手前で起きていること
この数秒のことを、多くの人は「意志が弱い」と呼びます。自分でもそう呼ぶかもしれません。決めたのに守れなかった。だからだめなんだ、と。
でも、あの数秒を思い出そうとすると、うまく思い出せないことがあります。何を考えて立ち上がったのか、はっきりしない。考えていた気がしない。気づいたら靴を履いていた、という感覚のほうが近い。
考えていないのに動いている。これは意志の強さの話とは、少し違うところで起きていることかもしれません。
不規則に届くから、消えない
行動をくり返させる仕組みについて、少し不穏な実験の話があります。
ある行動をしたとき、毎回ごほうびがもらえる場合と、たまにしかもらえない場合。どちらのほうが、その行動は長く続くと思いますか。
答えは、たまにしかもらえないほうです。毎回もらえていたものが止まると、行動はわりとすぐに消えます。けれど、いつもらえるかわからない状態を経験したあとだと、もらえない日が続いても、行動はなかなか消えません。次こそ来るかもしれない、が残り続けるからです。
これは間欠強化と呼ばれています。ギャンブルが説明されるときによく出てくる仕組みです。
この話を、恋愛にあてはめて聞くと、少し落ち着かない気持ちになるかもしれません。
毎日連絡が来る相手のことは、こんなに考えないはずです。三日空いて、急に来て、また四日空く。そういうリズムのほうが、通知の音に体が反応するようになる。届かない日のほうが、その人のことを考えている。
わかっていても、仕組みだと知っていても、通知が鳴った瞬間に手が伸びるのは変わりません。知識は、その数秒には間に合わないみたいです。
考えていないのではなく、考えさせていない
ここで、最初の数秒に戻ります。
ケーブルを抜くとき、あなたは何も考えていませんでした。少なくとも、考えた記憶がない。
けれど本当に何も起きていなかったのかというと、たぶん違います。天秤にかけなかった、というほうが近いのかもしれません。
もし立ち止まって、行く理由と行かない理由を並べていたら。今までに何回同じことをしたか、来週も同じ連絡が来る保証はどこにもないこと、明日の朝が何時に始まるか。そういうものを一つずつ数えていたら、たぶん結論は出てしまいます。出てしまうと、行けなくなる。
だから、数えないうちに手が動く。
考える前に動くことを、意志の弱さと呼ぶのは簡単です。でも、その順番はもしかすると、いちばん壊れたくないものを守るために選ばれているのかもしれません。行けなくなってしまったら、次に通知が鳴る可能性まで、自分で閉じることになるからです。
守っているのは相手との関係ではなくて、「次があるかもしれない」という状態のほうなのだとしたら。それは、少し厄介な話になります。
名前をつけても、たぶん行く
こういう話を読んだあと、どうなるか。
次に通知が鳴ったとき、たぶん、また行きます。仕組みを知っていても、数秒には間に合わないからです。
ただ、少しだけ変わることがあるとすれば、行きの電車の中かもしれません。窓に映る自分を見ながら、さっきの数秒に名前がついていることを思い出す。意志が弱いのではなくて、そういう仕組みがある、という名前が。
それで何かが解決するわけではありません。降りる駅も変わらないし、着いてからのことも変わらない。
ただ、帰るころには、たいてい外が明るくなりはじめています。行きの電車の窓は真っ暗で、自分の顔しか映っていなかったはずです。帰りの窓には、外が映る。
そのとき、窓の向こうに何が見えているか。
たぶんそれは、行く前には見えていなかったものです。
それでは、みなさんが整いますように。
豆猫
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