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日本の音楽を想う。随筆

麻生太郎はN高の講義にて、
「今の若者が政治に関心がないとよく言われる」
と話をはじめ、
「それは悪いことではない。政治に関心がないくらいいい生活をしていると言うことだ。政治に関心がないのは平和だからだ。恵まれない環境にいる人は嫌でも政治に興味を持って参画しようとする」
と続けた。

私もその通りだと思う。

日本は平和な国だ。
誰も疑いはしないだろう。

平和な国には文化が栄える。かつての平安時代のように。

では、平和な国なら音楽も栄えるのだろう。
いや、それはそうではない。

皮肉なことに、政治と同じように、恵まれない環境にこそ、音楽の成長する土壌はあるのだ。

あえて誤解を恐れず言えば、
ブラックミュージックはそうした未成熟な国家に暮らす人々の音楽だ。

スポーツに政治や思想は持ち込むな。
その通りだと思う。

大坂なおみの行動は褒められるべきであるとともに、スポーツと思想、政治の関係を世界が見つめ直す機会となった。

音楽もそうであるべきだろうか。
いや、私はそうは思わない。

音楽には、国家や人種、性別を超えた交わりをもたらすこともあるが、

プロパガンダの道具や感情を思いっきり乗せることもある。
根底には思想、体系的なイデオロギーがあるものなのだ。

魂の音楽とは、感情と音のエッセンスなのだ。
自分の境遇を叫ぶソウル
神に捧げるミサ
世の不満をリリックにのせるラップ

主張のための道具である。

プログレッシブでフィロソフィーな音楽もあるじゃないか。

そのとおり。自分と向き合う人々は内省的で自問的な音楽を大成させる。

そういった音楽表現の仕方もひとつの主張ではないだろうか。

では日本人はどうだろうか。

僕は日本の音楽は本当に無宗教だなとおもう。

どうしても前向きで、上昇しようとする音楽がおおい。
曲調も音をいくつも重ねて、なるべく明るく複雑にでも、聴きやすく作る
これは日本人の音楽に対する個性であると思う。

日本の音楽は国民性と照らし合わせて、無宗教の音楽と批評されるが
それもひとつの個性だろうとも思う。

日本歌謡で歌われるのは男と女の出会いと別れ。
それこそ平和の象徴だ。
世界ではソウルやカントリーが流行っても日本ではいつでも日本の音楽は日本のものなのだ。それは、平和だからだ。

無宗教も個性。そこに哲学はあるのだ。
そこに日本人の音楽もある。
それを私は誇りに思いたい。

日本の音楽は流行っていないとは思わない。
JRock は規律のあるフェスを構成し、
アイドルも70年代から大きく進歩した。
産業音楽の隆盛は目を見張るものがある。

それは日本人の魂の音楽として、残っているのだ。

日本の音楽を否定的に捉える人が多いので、
ふと肯定してみたくなったのでした。

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