✅20代女性【感謝の心なく自己嫌悪】を選択理論でコーチング人生案内#2
何かに感謝しても、心からの感謝の気持ちを抱いているとは思えません。自己嫌悪に陥っています。
例えば、誰かに何かをいただいたら素直に喜べばいいものを、あれこれと想像したあげく「これだけか。こうだったらもっとすごいのに」などと思ってしまうのです。もちろんお礼は欠かしませんが、「ありがとう」が口先だけに思えてなりません。
3年前に亡くなった祖母は、常に殊勝な心がけをもった朗らかな女性で、感謝の大切さを私に教えてくれました。私もそんな心がけをもって行動できるよう努めているつもりでしたが、純粋な感謝という気持ちに実感が持てないのです。利己的な自分を抑える言葉を、口先で繕ってきただけではないかと思えます。
混じりけのない感謝とは、どのような気持ちなのでしょうか。(兵庫・R子)
【相談者の困りごと、願いごとを考えましょう】
相談者の「困りごと」
・何かに感謝しても、心からの感謝の気持ちを抱いているとは思えず、自己嫌悪に陥っている。「ありがとう」が口先だけに思えてならず、純粋な感謝という気持ちに実感が持てない。
相談者の「願いごと」
・「混じりけのない感謝」というものを知って、そのような気持ちを持てる自分になりたい。そして、自己嫌悪から抜け出したい。
【相談者の困りごとのパターン】
自分が、「純粋な感謝の気持ちが持てない自分」という「もう一人の自分」に振り回されている。
【心に響く回答者(いしいしんじさん)の言葉】
・「ありがとう」は、声ではない。こころのふるえだ。それは、ひとりひとりの、切実な生から発露する。
・感謝の声もお返しも、なにも求めない。あなたはあなたのこころを、自然と、誰かに贈与する。そのことでこころはふるえ、2倍、3倍と膨らんでゆく。
・あなたのなかに種は埋まっている。思っているはずだ、おばあさんが世にいてくれて、ほんとうによかったと。その気持ちこそ混じりけのない、あなたの「ありがとう」にほかならない。
【コーチとして問いかけてみたい3つの質問】
・精一杯がんばっている「純粋な感謝の気持ちが持てない自分」を、ご自分としては、どのように応援してあげたいですか?
・今のあなたの「ありがとう」には、「純粋な感謝」は何%くらい含まれていますか。0%ということはありますか?
・他の人があなたに「ありがとう」といったとき、そこに何%かの「純粋な感謝」が含まれているとしたら、あなたは「純粋な感謝」の部分に目を向ける自分でありたいですか? それとも、「純粋な感謝」以外の部分に目を向ける自分でありたいですか?
今回は以上です。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。また、次回、お会いしましょう。
