さらば、ブラック企業✨
おはようございます✨
爽やかサプリです☺️
私には、忘れられない体験があります。
それは、
ブラック企業からクビにされ、
途方に暮れていた時のことです。
それでは、お話しさせて頂きます。
『ブラック企業をクビにされて空っぽになった私』
私はパティシエとしてケーキ屋さんに勤めていたのですが、1店舗目は、上司の女性の先輩との関係で悩み、自主退職。
その後、専門学校の講師だった先生のお店を
近所に見つけ、そこへ再就職。
ただここはー
1店舗目とは比べ物にならないほど、
ブラック企業でした。
月に3日の休みや給料未払いは当たり前、
激務による足の疲労骨折や、スタッフの暴力による耳の鼓膜破裂。手荒れで指の先は裂け、かゆみで夜はぐっすり眠れません。気づくと、半年近く生理も止まっていました。
やめたい。そう思っても、
「お前が辞めたら、新卒の入社を取り消すぞ」と脅され、7ヶ月間、歯を食いしばって働きましたが、新卒が入社と同時にクビ。
その瞬間、頭が真っ白に、、、。
「この先、どうしよう」
朝が来たら起きて、夜が来たら眠る、、、
規則正しい生活には戻ったけれど、
心はどこかへ行ってしまったように、
ずっと空っぽ。
色みのないそんな生活を続けていたら、ふいに、
沸々と怒り込み上げてきたのです。
あれだけ酷い仕打ちを受けて、
このままで終わらせてたまるものか、と。
けれど、怒鳴り込む勇気は私にはありませんでした。その時思い浮かんだのは、
『労働基準監督署』の存在でした。
『労働基準監督署に電話をする』
ここなら自分の助けになるに違いない。
すぐにネットで調べ、
縋るように電話番号を押し、
発信音の鳴る中、、、
緊張しながら待った公園のベンチ。
今でもどこの公園で、ここのベンチと言えるほど、、、鮮明に覚えています。
しばらくすると、
「はい、労働基準監督署です。」
と、応答する声がありました。
落ち着いた雰囲気で、おそらく40代〜50代くらいの男性の方でした。
その穏やかな口調にいささか緊張も解け、
事の顛末を話すことができました。
毎日夜中の12時まで働かされ、睡眠は3時間。
月の休みは3日あるかないか。
最初の契約より、給与は何万円も下げられている。
職場では、オーナーからも、スタッフからも、、、日々、罵詈雑言の嵐。
スタッフの暴力で耳の鼓膜が破れ、
ハードな作業で足の指は疲労骨折。
毎日押し付けられる洗い物で、指先が裂けるほどの手荒れ。不規則な生活で生理不順が半月以上、最後は、唐突なクビ。
離職票も渡されていない為、
次の就職活動もできない状態。
なぜか、友達や知人には言えないような経歴も、不思議とこの人にだけは全て打ち明けられました。
『全てを話し終えた後に出た答え』
そうして全部言い切った後、
電話向こうでしばし無言が続き、
一言。
「それであなたは、
どうしたいと考えていらっしゃいますか?」
と、問われたのです。
一瞬、答えに詰まりました。
電話する前に考えていたことは、
会社を訴える事でした。
けれど、いざ全部事情を話し終えてみると、自分が何をしようと思っていたのか、すっかり忘れてしまっていたのです。
「できれば、訴えたいです。」
と、最初の理由を答える私。
すると、「そうですか」という相槌の後、少しの間をおいて、再び口を開きました。
「裁判は、お金も時間もたくさんかかります。
すぐには、解決出来ません。
それに、あなたを辛い目に遭わせたオーナーとの関わりがいつまでも続くことになるでしょう。
それは、本当にあなたの望むことですか?」
頭に衝撃が走りました。
まさか訴えることで、再びあのオーナーと関わることになるとは思ってもみなかった…そんな当たり前の事に、まったく気づけなかったのです。
監督署の方の言葉で、
ハッと目が覚めたような心地でした。
さらに言葉が続きました。
「声から察するに、あなたはまだお若いですよね?それなら、、、新しい仕事を始めて、
やり直すには全く遅くはありません。
新しい道へ踏み出すのはいかがですか?」
この言葉が、憎しみに染まっていた私の視点をぐるりと反転させてくれ、更には背中を押してくれました。
危うく私は人生を、
復讐という道に染めてしまうところでした。
今考えるとゾッとします。
この時はそこまで、
事の重大さには気づきませんでしたが、
あの言葉あったから、私は今を穏やかに生きられているのです。
『ブラック企業と縁を切ったら、新しいご縁がやってきた』
復讐に燃えていた私は鎮火され、訴えるのはやめにしました。さて、次はどうするか…。
答えが出ぬまま労働基準監督署の方との電話から、1週間ほど経過した頃、私に1本の電話がかかってきました。
その方は、パン屋のオーナーで、
奥さんと2人でお店を経営していました。
私が働いていたケーキ屋のオーナーとは旧知の中で、お店によくパンを届けてくれていたのです。
そんな人が、一体私に何の用だろう?
小首をかしげ出てみると、電話口から驚きの言葉が飛び出しました。
「俺の店で働かない?」
私は気づくと、すぐに「はい」と返事をしていました。行くあてもなかったので、すぐにこの言葉に飛びつきました。
捨てる神もいれば拾う神もいるのだと、
感慨深く思いました。
パン屋のシェフは、私の職場での扱いも知っていて、お店に来るたび「大丈夫?」と、いつも気にかけてくれていました。
前職場のオーナーとは、真逆のような性格で、
器の大きい優しい性格をしていました。
同時に正義感も強かったので、
「裁判すれば?訴えれば、絶対勝てるよ」とか、心強いお声掛けを頂きましたが、私の心はもう揺らぎませんでした。
『自分の目指す信念』
たとえば裁判をしたとして、
そこで勝ったとしてもお金がもらえるだけで、
あの時の悔しい気持ちや嫌な気持ちが、
スッキリ晴れることはありません。
また、裁判の結果でお店が潰れてしまい、
オーナーの家族が路頭に迷うことになっても、
私は心の底から喜べるでしょうか?
きっと、深い棘のように心に刺さるでしょう。
はたしてその痛みを抱えたまま、、、人生を軽やかに生きていくことはできるでしょうか?
私がパティシエを目指した動機は、
『自分の作ったケーキで、だれかを喜ばせたかった』からです。それなのに、もし、今ここで誰かを不幸にしてしまったら、自分の目指す信念に反してしまいます。
私は、「それはいやだな」と心で感じたのです。
『もう一度、チャレンジする』
私はしばらくの間パン屋のオーナーの元で働きました。その日々は楽しく満ち足りていました。
けれど、そうしているうちにだんだんと、
『やっぱりケーキ屋に戻りたい』という思いが募り、就活のために離職票を取りに行くことにしました。
パン屋のオーナーの手を借りず、自ら電話をかけアポを取り、離職票をしっかり受け取ってケジメをつけました。
当日、オーナーの奥さんが対応してくれましたが、「いつ、取りに来るのかなって思ってたよ」
と、実にあっさりしていて、さっさと取りに来ればよかったな、と、思いました。
そうしてパン屋で働きながら、ケーキ屋の就職活動を続け、ついに雇ってくれるお店に巡り会いました。
そのお店は、サラリーマンだったシェフが、1からケーキを勉強し開店されたお店で、なんと、私が勤めていたブラック企業のオーナーを知っていました。
もちろん、オーナーに関する黒い噂もご存知で、「こんな偶然もあるんだな」と、驚きました。
パン屋のオーナーには「お世話になりました」と頭を下げて去り、新たにケーキ屋で働くことになりました。
ここでは夜中まで仕事が続くことはなく、福利厚生もちゃんとしていて、出勤時間も以前より遅くてすみました。
クリスマスでも、日を跨ぐほど残ることはなく、
それどころか、朝昼のご飯まで用意して頂きとてもありがたかったです。
スタッフ同士もご飯を食べに行ったりと仲が良く、かなり居心地の良い職場でした。
スタッフの経歴も、
大卒、
元イタリアン、
元お寿司屋さん
などさまざまで、「私なんて」と卑屈にならずにすみました。
年に一度、シェフが社員やパートさんを
ディズニーランドに連れて行ってくれて、
おいしいホテルのビュッフェ付きという破格の待遇で、こんなケーキ屋さんもあるんだと、目から鱗でした。
働いてる中で、父が亡くなったり、結婚したり、色々な人生の転機がありましたが、
その度に、シェフが気にかけて下さり、この出会いには感謝しかありません。
ケーキ屋さんを辞めた後も人手不足と聞き、
パートで働いたり、お店で初の社員旅行に出かけたり、花火大会にちゃっかりお邪魔したり、長くお付き合いがありました。
子供が産まれるたびに顔を出してご挨拶に伺っていたのですが、訪ねるとこれでもかっていうほどたくさんのケーキ屋やお祝いを持たせてくれました。
まるでー私の2人目のお父さんみたいな人です。
もしかしたら亡くなった父が、天国から遣わせてくれたのかもしれません。
『さらば、ブラック企業✨』
これが、私がブラック企業とさよならをして、
起こった出来事です。
今現在は関東近郊で一軒家に住み、
3児の子育てをしながら、ありがたい事に
主婦をやらせてもらっています。
(2024年6月からパート勤務)
それもこれも、
あの時出会った監督署の方の言葉のおかげ。
そして、その新たな道を歩むと、
自分で選んだから。
現在、辛い環境で、
血反吐を吐く思いで働いている方に、
声を大にしてお伝えしたい事があります。
そこは、
あなたの本当の居場所ではない、と。
新しい道はつねに、あなたから無数に伸びていて、それを選んで行動した時、
簡単にその道に行けるんです。
それは、不安でたまらない大きな一歩。
人との別れも覚悟しなければなりません。
けれど、新しい道を歩んで、
その未来を生きる私が断言します。
ブラック企業、
おさらばして一片の悔いもありません。
『数奇な出来事』
実は、おもしろい後日譚があります。
結婚して数年が経ったある日、
なんと、あのブラック企業のオーナーから、
1通のLINEが届いたのです。
それは、長女の誕生日に地元に帰り、
主人と長女、そして私の母と4人で、
回転寿司を食べていた日の事でした。
産後の初めての外食で、とてもルンルンな私♪
和気あいあいの雰囲気の中、
お寿司を堪能し、幸せいっぱいでした。
母を送ったのち、自宅への帰路の途中、
1通のLINEが。驚くべき事に、
ブラック企業のオーナーからでした。
もう、今までの幸せな気分はどこへやら、、、
ヒュッと、心臓が凍りつきました。
けれど、勇気を出して開いてみたら、、、
『さっき回転寿司屋にいた?
俺もいたんだよ』
とだけ書いてあり、
正直いって怖さより、驚きが勝りました。
当時は、それはそれは恐ろしかったオーナー。
なのに、
「えっ!どこにいたの?」といった具合に
気づかなかったのですから。
興味が沸き、私も返信してみました。
『えぇー!シェフどこにいらっしゃったんですか?声、掛けてくれればよかったのに。』
、、、我ながら、よくこんな返信したな、
と思います。けど、パン屋のシェフからつねに言われていたのです。
「君がビクビクした態度をしている限り、
あいつはそれに付け込んでくる。
だから、毅然として接するんだよ。」
本当、、、いいオーナーさんなんですよね😂
だから、、、
毅然と返してやったんです。
ポンと、返信の音が1つ。
『いや、ご家族で団欒中、
声かけちゃまずいでしょう、、、💦
俺はカウンターで食べてたよ😁』
あれ?と思いました。
なんか…働いた初期の頃のシェフだな、と。
本来、ちょっとギャグを言ったり、
口笛を吹いたり、、、少し戯けて、居心地のいい雰囲気を作れる人だったんです。
最初の頃は、その雰囲気がとても好きで。
1店舗目の雰囲気は、
つねに気を張ってる感じだったので、
いいところに就職したな、なんて思ったぐらい。
それが、まああんな感じに😁💦
クビにされる1ヶ月前も、穏やかに戻っていたんです。なんせ、東日本大震災の年で、
あらゆるインフラが変化して、、、
オープンしたてのオーナーの支店は、
液状化の影響でお店が閉まる事態に。
計画停電で、街中が暗くなる日もありました。
その頃は、私も何かお手伝いしなければ、と
闘気が沸き、自ら休みを返上して働きました。
そんな時、オーナーの奥さんが差し入れの
弁当を下さったり、支店が入っていたデパートの定例会議の報告に、
小娘同然の私を立たせてくれたり、と。
待遇も断然良くなっていたのです✨
思うに、、、
あの頃のオーナーは新店舗オープンもあって、
少し無理をしすぎていたのかもしれません。自分に余裕がなければ、人に優しくなど出来ません。
その時期に、新人同然の私がいたのだから、、、
溜まったものじゃなかったのでしょう。
どんどん要求がエスカレートして、
答えられない時に暴力などあった気がします。
だから、、、私もあの環境からすぐさま、
退散すべきでした。
まぁ、、、
「来年はお前の学校から新卒取らねーぞ」
と脅されていた事もあったので、
当時は無理でしたが、、、今なら一瞬で辞めれますね。それどころか、恐喝罪で訴えてもいいぐらいです。
そんなわけで、
穏やかなシェフのLINEには
とても驚かされたと共に、、、
この数奇な出会いを仕組んだ神様という存在に、、、深く感謝しました✨
『生きてさえいれば、、、』
新しい道には、
驚かされる出来事、
新たな出会いがたくさん待っています。
お読み頂きどうでしたか?
辞めてもぜんぜん大丈夫な気持ちが、なんだか湧いてきませんか?
ドン底を経験した私から、ジブリで1番大好きなもののけ姫の、おトキさんの言葉を✨
『生きてりゃなんとかなる。』
まさしくそれなんです。
辛くて苦しくて、その上、
精神も体もボロボロ、、、
その先で死んでしまったら、
そこで終わりなんです😂💦
もちろん、マリオみたいな
1UPキノコなんてない、
最悪なバッドエンドを迎えるのです。
でも、生きてさえいれば、
また歩き出せる足がある。
たくさんの人に会いに行ける。
そして、新たな未来を、
自分自身の手で掴むことが出来ます。
どうか、再三の言葉ではありますが、、、一刻も早く、おさらばしましょう。
以上、
私の忘れられない体験、でした。
この体験が、
誰かの一助になれば幸いに存じます☺️
他にも
様々な紆余曲折がありました🥹✨
自己紹介や、
マガジンをチラリと覗いていただけたら、
嬉しいです☺️
どれも中々のボリューム感ですが😁✨
↓
こちらは個人的趣味ですね〜😅💦
胃もたれした時の、
デザート的な感じでどうぞ🍨✨
↓
あとは、
時々やっている習慣です✨
#転職体験記
#あの選択をしたから
#ブラック企業 #転機
