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母親だから“つらい”と言えなかった。

人生で傷つかないフリをして、ここまできた。小学6年生で転校になったとき、「お父さんの仕事の都合だから仕方がないよね」とイヤとは言わない子どもだった。中学校でクラスメイトに話しかけられたら読書を中断し、「なに、どうしたの?」と相手の機嫌を損ねないよう直ぐに返事をする。

誰かの機嫌が悪くならないように、不満があっても愚痴を言わないように。ああ、なんて息苦しい人生なんでしょう。

悪いことが起こっても、その中でいいことを見つけようとする。夫が単身赴任になったときは、別々に暮らすことで個々の成長につながるはず。子どもが不登校になって相談窓口で理不尽な対応をされても、たまたま対応した人との相性が悪かっただけ。相性の合う人に当たるまで探せばいい。

自分の傷から目を逸らした人の人生は悲惨だ。夜になると睡眠導入剤がないと眠れなくなり胃にはポリープができた。自分の感情に向き合うのが怖いから。傷ついている自分を見るのはつらいから。そんなに傷は深くないとごまかす。それはきっと自然なことじゃない。

あるとき、こんな夢を見た――。

わたしは大きな吹き抜けの家に住んでいて、一階にいる。二階を見上げると、石油ストーブが今にも落ちてきそうな端ギリギリに置いてある。ドアはない。もしも地震があれば落ちてきて危ないのに、なぜか動かすことができない。

一階にあるトイレはひどく汚れている。必死で雑巾で拭くけど、どんなに掃除をしてもなかなかキレイにならない。

場面は変わり、中学校の近くを一人で歩いている。学校からは、吹奏楽の練習している音楽が流れてきて胸が締め付けられる。裏門から学校に入るのが、わたしの定番だ。教室にたどり着くと、成功の象徴として大谷翔平選手の本が飾られてある。教室に娘はいない。

校内を歩いて娘を捜す。廊下を歩いても、美術室へ行っても、娘を見つけることができない。表門のところで、友達のAちゃんとBちゃんが並んで下校している姿を見つけた。セーラー服の白い光沢のあるリボンが風で揺れている。「〇〇(娘の名)を見なかった?」と訊くと、学校には来ていないと言う。

わたしは絶望的な気持ちになる。今日の授業はお昼までしかないのに、娘は登校できなかったのだ。その事実を今更ながらに知る。「学校に行ってほしい」その言葉を娘の前で発することはできない。

なぜなら、こんなことを言っていたからだ。「お母さん、学校はわたしを苦しめる場所だから。わたしはもう行かないよ」娘の言葉には隙がない。母であるわたしの言葉や意見は入り込む余地が無かった。

そうして朝に目が覚める。自分の悲しい気持ち、届かない気持ち、どうして良いのかわからない気持ちから目を逸らし、夫も赴任先でのひとり暮らしは大変だろうからと頼る前に一歩身をひく。

今年の2月から3月にかけて大きく体調を崩してしまった。朝起きると、胃がムカムカして吐いてしまう。トイレで吐き、洗面所で口をゆすぎ鏡を見ると、そこには目の下にグレーの隈を持つ、ほうれい線がくっきりとした醜い顔のオバさんがいた。

ベッドから起き上がれず、重しを背負ったように動かない身体。あれだけ好きだった本の字が滑って読めない。暇さえあれば図書館や書店に足を運んでいたのに、建物に近づくことはできない。いつの間にか弱い人間となり、できることは少なくなっていた。内側にある気持ちを見ないようにしてきたペナルティーだろうか。

わたしは心の傷を直視できないでいた。そんなに たいしたことじゃないと思おうとしていた。わたしよりも、もっと大変な人はいる。だから「大変だ」なんて言えない。

娘が学校に行けなくなったとき、よく2人で散歩した。歩いていると、道端のコンクリートの壁沿いからのぞいているジャスミンの香りが降ってくる。薔薇園では、シャリマーの香りを聞き、白と淡いピンク色に癒された。

ときには、しっぽの先まで餡子が詰まっているホクホクのたい焼きを買って公園のベンチに座って娘と並んで食べた。そんなことをしているうちに、徐々に娘の気持ちは外へ向かい、春からは通信制高校に通っている。

解決できない問題に当たったとき、待つことがつらかった。娘が回復するまで待つ。気持ちが整うまで待つ。登校する気持ちになるまで待つ。そう、わたしは待つことがつらかったのだ。つらかったことを、つらいと言える、つらかったことを認めることが、こんなにも大変で苦しいことだとは思わなかった。

傷を負ったとき、傷ついていると言ってもいいんじゃないか。たとえ、「だからなに?」と言われようとも。なぜなら「傷」も大切な感情の一部なのだから。うれしい、たのしい、プラスの感情だけを えこひいきするのではなく、かなしい、苦しい、つらいも同じように大切な感情だ。同じように受け止め、自分の感情を大切にしたい。そして、過去の自分に言いたい。「つらかったよね、おつされさま」と。

#創作大賞2025
#エッセイ部門

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