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高級鮨と小説『方舟』に共通する“あえて目立たせない美学”について。

結婚20周年のお祝いに、人生で初めて回らない鮨屋へ行ってみた。お金は足りるだろうか。いちど本物の味を知ってしまえば、「あの本物の味に比べて回転寿司はイマイチね」なんてイヤミな発言するひとに成り下がるのだろうか。そんな心配をする。まあ人生で一度くらいはいいか。もう45歳だし、逆に高級な味やお店の雰囲気を知らないことは、恥ずかしいことかもしれない。夫が奢ってくれると言うので、人生で初めて高級鮨を食べてみることにした。

平日の夜に予約をして、家族3人でカウンター席に座る。そこはご夫婦二人で営むお店。ご主人がお鮨を握り、おかみさんが飲み物をサーブしてくれる。わたしは、夫婦二人三脚で営むお店が大好きなので、夫は好みをわかっているなと思う。

「安価な回転寿司と高級な鮨屋の違ってなんだろう?」

そうか、高級なところって、メニューに「時価」って書いてあるのね? わたしの隣りで、金額を気にせず、まぐろ、うなぎ、サーモンと、次々と注文する娘。

「どうせお父さんがお金出すんだから」といっさいの遠慮はない。ああ、恐怖! あまりにも両親の懐事情を気にしないそぶりを見せる娘に、「親御さん、よろしいのでしょうか」と板前のご主人から目配せされるけど、苦笑いで終わる。

せっかくだからと、わたしもお鮨を注文することにした。夫が言うには、値段は書いていないけど、金額の目安が小さい文字でメニュー表の隅に書いてある。「きっと払えるから大丈夫」と小声で言われたので、遠慮なく食べたいお鮨をオーダーしていく。

わたしが注文したのは、ひらめ、甘えび、かに、うなぎ、水だこ、のどぐろ、サーモン、金目鯛、じゅんさいの赤だし味噌汁の9品。当たり前だけど、高級なところはネタが新鮮だ。厚みもあり、食べ応えがある。かにの身の上に、かにみそがちょこんと乗っている。サーモンの上にもいくらが乗っていて、一貫で二度おいしい。

一番驚いたのは、ネタの新鮮さではなく、シャリの存在感の無さだった。ネタとシャリが合わさったとき、いい意味でシャリの存在感が薄い。わたしが家で酢めしをつくると、酢のにおいがするし、ツンとする。それが高級店では全くない。このシャリの存在感の薄さが新鮮なネタを活かすことにつながっている。

新鮮なネタを活かすために、あえてシャリの存在感を消しているのだなと思う。あるもの・・・・を活かすためにあるもの・・・・の存在感を消すこと。そのことを考えていたときに、思い出したのは小説の『方舟』だった。

『方舟』は、トロッコ問題、クローズドサークル、フーダニット(犯人さがし)、いろんなことを言われているが、ラストが印象的なミステリー小説だ。作家の有栖川有栖さんが解説で『方舟』は読者をお話に集中させるために、各人の個性を意識的に消していると書いていた。

解説を読んだ直後はピンとこなくて、「ふーん、そうなんだ」くらいだったけど、読了後、お鮨を食べているときに、ようやく理解することができた。

高級鮨と同じなのかなと。たしかに、それぞれのキャラが立っていないからこそ、犯人捜しに集中できた気がする。そして、集中するあまり、すっかり作者の夕木春央さんが仕掛けた罠にハマってしまった。夢中で読んでいるときは、仕掛けられているとは気づかず、最後の最後にわかって、「やられたーー!」と思いながらも、めちゃくちゃ爽快感がある、「しまった。やられたーー!」だ。

もしこれが、シャーロック・ホームズとか、金田一とかだったら、ちょっと違う。重ためなお話なのに、犯人さえ見つければ全てが解決するから大丈夫なんだと、焦りながらもどこかのんびりしているような空気感、あの『方舟』の世界観は出来上がっていなかったと思う。

わたしが『方舟』を思い出している間に、娘はまたもや遠慮なく注文をしていた。しまあじの焼き物と、イカゲソの天ぷら、ホタテのバター醤油焼き、次々と娘の前に置かれていく。夫は日本酒を吞み、目がとろんとして酔っ払っていた。

お腹が満たされ、いよいよお会計! ドキドキしてあたると、夫は無事に支払うことができたようだ。やった! わたしもお財布を持っていたけど、手助けすることなく無事にミッション完了!

そういえば、もう一つ驚いたことがある。お会計のとき、夫が現金で支払っていたこと。「どうしてカードじゃなく現金なの?」と訊いたら、個人のお店ではなるべく現金で払いたいと言う。そのためにお金をおろしておいたのだとか。お店側が手数料を取られないように現金がいいと。それから娘に高いお店でいくらかかるか、知っておいてほしかったとのこと。だから娘の目の前でわざわざ現金を出して支払っていたのか。

後日のこと。娘に、「あのお鮨屋さんでお父さんがいくら払ったか覚えてる?」と訊く。「うーん。いくらだっけ。一万円くらいかな」と答えていたのは、夫には秘密にしている。

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