まだ、死んでないだけ。
大好きだったはずのお酒があまり美味しくなくなってしまった。そうなると、相当量のトレーニングで整えた体にわざわざ美味しくもないものを流し込んで内臓脂肪を増やすのも悔しくて、ここのところ特定のお店に行くとき以外は飲酒の機会もなくなり、頻度としては月に一度かそこら。
毎晩必ず─なんなら昼でもアルコールに浸り切った生活を送ってきた私からすればこれはとんでもないことで、アルコールから急に距離を置いた人間は必ず感じることだと思うのだけれど、とにかく時間が余る。家から出なくても生きていけてしまう私はもはや仕事と家事以外には宅トレくらいしかすることがなく、いたずらに骨格筋率が増えるばかりの日々を過ごしています。

頚椎椎間板ヘルニアの発覚から、ドミノ倒しのように碌でもないことが起きた。金銭トラブルに、知らないところで拗れ切っていた人間関係。ある朝、ヘルニアから来る痺れが顔面にまで及んで脳神経外科に駆け込んだところ、神経とは関係なく脳の血管に動脈瘤が見つかった。ネガティブミラクルの相乗効果でばらばらになってしまった瓦礫の上で、何が悪かったのだろうとぼんやり考えるも思考が息をしてくれない。原因などなにもなかったようにも思えるし、全ての判断が悪手だったようにも思える。
神経の薬はアルコールとの相性が悪く、さらに動脈瘤まで見つかったとなると当然、お酒に手を伸ばすのにも躊躇してしまう。そんなわけで先に述べた通りお酒があまり美味しくない。クリアになった思考で因果関係に考えを巡らす時間は拷問のようだ。
配偶者のがんの転移と手術のサイクルに神経をすり減らす日々。万が一の可能性は常に心の隅に置いて、歯を食いしばって生きてきたけれど、動脈瘤の存在によって万が一の可能性は私にだってじゅうぶん起こり得るのだと知った。なんだ、私だってまだ死んでないだけの話じゃないかと思ったら、妙なことに気が楽になった。
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