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ピエトロドレッシングが美味しくて

インテリアコーディネーターのsayuriです。
ブログに出逢って下さりお読み下さりありがとうございます。


小学生の頃の夕飯はいつも3つに区切られたプレート皿で出てきました。ご飯とおかずとサラダという具合に乗せられて一人分のノルマが課せられる。私が「ノルマ」と感じていたのは、食べることに全然興味が無かったからから。チョコレートやガムなどお菓子は大好きだったけど、ご飯については、ただ食べている感じでした。笑 大人になって母の料理がすごく美味しいことに気付いたのと同時に、子供向けの味ではないことにも気付きました。(あんまり甘くないからかな。)そんな子供の頃の夕飯のプレートにはだいたいサラダが乗っていていたのですが、私はサラダが好きではありませんでした。「なんで草を食べるの?」って思っていました。笑 それでもサラダにかかったピエトロドレッシングが美味しくて、ちゃんとサラダを食べていました。私がサラダを食べられたのはピエトロドレッシングのお陰。

社会人になって、自分の食べたいものが自由に選べるようになると、サラダを毎日食べる、なんてことはなくなりました。野菜嫌いではないけれど、相変わらず食べることに無頓着で敢えて食べたいと思いませんでした。

そんな中、とれたての有機野菜を隔週で届けてくれる農家さんを友達が紹介してくれて、お試しで買わせて頂いたんですね。そしたら野菜がビックリするくらい美味しくて、衝撃だったんです。ドレッシングも塩も何もなくても食べられる。人参がこんなに美味しいと感じるなんて思っていませんでした。サラダって美味しい...。

そう思ったとき、子供の頃のサラダを思い出したんです。ピエトロドレッシングの掛かったサラダを。野菜がまずかった訳じゃないのに、サラダが嫌いだった。キティちゃんのプレート皿に乗ったサラダを思い出す。

あぁそうか。

私がサラダを嫌いだったのは、母の野菜の切り方が大きかったからだ。

まだ小さかったからというのもあるけれど、私は平均より口が小さい方。だから大人が食べる大きさの乱切りのきゅうりや大きくちぎったレタスを食べるのが嫌だったのです。大きな野菜を口いっぱいに頬張ってガジガジ食べるのが嫌だった。

食べることはもちろん、自分のこととなると本当に無頓着だった私。農家さんの美味しい野菜に出会ったのは、コロナをきっかけに価値観が大きく変わり、自分を見つめ直し始めた頃でした。「自分を大切にする」という言葉を知ったのはさらにもう少し後のこと。

サラダは小さくカットして食べるべし。笑

アップルパイとカマンベールチーズとレーズンの
パン

お散歩を兼ねてパン屋さんで買ってきたおやつ。昔引っ越し祝いに友達がくれたお気に入りのりんごのお皿とりんごのマグカップで頂きました。パンはそれぞれ半分ずつカットして残りはまた明日食べることにしました。さらに4分の1にして、1つをそのまま食べてもう一つはリベイクで。今自分がどれくらいの量を食べたいか、そのままの方がいいのかリベイクした方かより美味しくなるのか試してみる。昔の私ならパパっと2つとも食べ切ってしまって、お腹いっぱいになり過ぎて、しばらくパンは食べなくていいや~ってなってたましたね。笑 自分の食べたい量とか温めるかどうかとか、ちゃんと自分に聞けるようになってきたのはほんとに最近の話です。

アップルパイは焦げる寸前の焼き具合が好みで、りんごのシャキシャキが残っていて美味でした。カマンベールチーズとレーズンのパンもレーズンが酸っぱ過ぎず美味しかったです。

そういえば、レーズンも好きではなかったのですが、その理由が酸っぱかったからなんです。レーズン=酸っぱい、と思っていましたが、食べることや自分のことに目を向けるようになって、スーパーでオーガニックレーズンを買ってみると、すっごく甘くてビックリ。オーガニックに拘らなくても、天日干しされたレーズンの美味しいことといったら。それからレーズンが大好きになりました。舌だけでなくて、体全身で美味しいと感じる感覚を農家さんの野菜をきっかけに知ることができたのは、自分の感性が広がる良い経験になりました。

ワイングラスの形状によってワイン味が変わり、箸の素材や形状によって食べるものの味も変わるように、食材の切り方や大きさでも味が変わる。

味わうこと、感じること、もっともっと大切にしたいと思う今日この頃です。


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