5月11日(2013年) Jリーグ20周年記念試合、誤審あったが3-1ならいいか
Jリーグ20周年記念の特別な試合と位置付けられたが、別のことで大勢の記憶に残っている。そんな試合があった。
2013年5月11日(土)、浦和レッズは埼玉スタジアムに鹿島アントラーズを迎え、Jリーグ第11節を行い、3-1で勝利した。
記念試合に選ばれたことは名誉
「Jリーグ20thアニバーサリーマッチ」と銘打たれ、特別な装いを施された試合だった。第11節の9試合の中でこのカードが記念試合に指定されたのは、両クラブが初年度からJリーグに参加した「オリジナル10」の一員であり、浦和レッズが通算最多入場者数を誇れば、鹿島は通算優勝回数が最多。2つの分野でリーグを代表するクラブ同士だからだ。
Jリーグが開幕した1993年には、ヴェルディ川崎対横浜マリノスの1試合だけが、5月15日に旧国立競技場で行われたが、それと同様の趣旨であり、名誉なことだった。

記念試合に弱い一抹の不安もあった
レッズはロブソン・ポンテさん、鹿島はアルシンドさん。両クラブのレジェンドが招かれ、試合前のセレモニーで、集まった46,649人のファン・サポーターから大きな拍手を受けた。
正直なことを言えば、僕は一抹の不安を抱いていた。これまで、特別な位置付けをされたり、大きなセレモニーがあったりした試合で、なぜかレッズはあまり良い結果を出せない記憶があったからだ。

オフサイドの位置にいた興梠が勝ち越し
前半は、鹿島の強度に押され気味の展開だったが0-0で折り返した。
後半、巻き返しを図るレッズだったが63分に失点してしまう。しかし、そこで踏ん張り3分後、CKから那須大亮がヘディングシュートを決めて追い付く。一歩も譲らない好試合の様相だった。

さらに78分、途中出場の梅崎司が左クロス。これを興梠慎三が頭でたたき込み勝ち越す。
興梠は触っていない? そりゃ無理だ
ところが、このゴールが大きな問題となる。ゴール裏で写真を撮っていた僕の位置からも、梅崎がパスを出した時点で興梠はオフサイドの位置にいたように見えたが、認められたのだからオフサイドではなかったのだろうと思っていた。

だが鹿島側の指摘というか猛抗議を受けて、主審と副審がプレーを確認し合った結果「興梠選手はボールに触っていない」と説明したようだった。
そりゃ、まずいよ。間違いなく慎三はヘディングで決めたし、それはオーロラビジョンのリプレーにも映っている。
僕も、興梠本人も、そしておそらくスタジアムのレッズサポーターもゴールが取り消されることを覚悟していたが、何とそのまま鹿島のキックオフで再開。何か嫌な雰囲気だった。レッズは何も悪くはないが、どこか後ろめたい気になるし、鹿島は怒りをエネルギーにパワーアップするに違いない。
最後に、後ろめたさを薄める3点目
そのムードを変えたのは原口元気と梅崎だった。89分、原口が得意のドリブルシュート。GK曽ヶ端準にセーブされたこぼれを梅崎が詰めた。これで3-1。

よくやった。これで「“疑惑のゴール”で勝った」と言われなくて済む。
サッカーは流れが大事なスポーツだから、もし興梠のゴールがあの時点で取り消されていたら、その後どういう展開になっていたかわからないが、後ろめたさは薄れた。逆の立場なら到底、納得はできないだろうが、3点目取られるなよ!と残念がっただろう。

記念試合にふさわしい2人が決めた
Jリーグ関係者にとっては20thアニバーサリーマッチに水を差された気持ちだったろうが、僕としては鹿島に勝ったこと、そしてACL出場の関係で1試合未消化ながら順位を首位と勝点6差の3位に上げたことが重要だった。
試合前に感じた、記念試合に弱いという不安も杞憂に終わった。いや、記念試合にマイナスパワーがあるとしたら、今日は審判団の厄日として表われたのかな、と思った。

レッズと鹿島、両チームで活躍した興梠慎三が決勝点。そしてJリーグが始まったとき、まだ2歳だった原口が駄目押し点を演出した。
うん、記念試合にふさわしくなったじゃないか。
さて、みなさんは2013年5月11日、何をして何を感じていましたか?
※この内容はYouTube「清尾淳のレッズ話」でも発信しています。映像はありませんが、“ながら聞き”には最適です。
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