5月19日(1993年) 待望のJホーム開幕、街は大盛り上がりだったが
1993年5月19日(水)、浦和レッズは駒場競技場に名古屋グランパスエイトを迎え、Jリーグ第2節を行い、0-3で敗れた。これがJリーグのホーム開幕戦だった。
5月16日、万博競技場で行われたガンバ大阪との開幕戦を0-1で落としたレッズだが、ホームタウンの浦和にとっては、この19日が開幕戦だった。
最も盛り上げに熱心だった北浦和東口の商店会は、駅前でサンバ隊の演奏などを行い、「駒場に一番近い駅」をアピールした。


平日にもかかわらず、駒場には早くから人が詰めかけ、グッズ売り場なども大盛況だった。

そして開門と共に自由席のバックスタンドはいっぱいになった。


夕方になると、仕事帰りの人で北浦和駅はこの混雑。かなりのPRになったことは間違いないだろう。駅前では応援グッズとしてチアホーン的なものも売っていた。


当然、名古屋のファンもいっぱい来た。当時はフェイスペイントは普通の応援ファッションだった。ときにはどういう友達かわからないが、こういう組み合わせの女子高生もいた。


駒場は約1万人のキャパシティしかなく、チケットはすぐにSold-out。しかしチケットを持たずに駒場に来る人が後を絶たなかった。来ても当然中には入れないから、スタンドの隙間から中をのぞく人、フェンスによじのぼって見る人、これは中高生が多かった。そして小学だと思うが、バックスタンドの後ろの立木にのぼって見る人などが続出した。これは5月19日のホーム開幕日だけではなく、シーズンを通して見られた光景だった。



そんな大人気の浦和レッズだったが、ピッチでは名古屋の森山泰行に2点、後藤太朗に1点を奪われ、レッズは開幕戦に続き無得点で敗れた。

これも、この日だけではなく、シーズンを通してよく見られ光景になったのは困った。
さて、みなさんは1993年5月19日、何をして何を感じていましたか?
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