【読書録】『コーヒーが冷めないうちに』川口俊和
今日ご紹介する本は、川口俊和の連作短編小説集『コーヒーが冷めないうちに』(サンマーク出版、2015年)。
作者の川口俊和氏は、もともとは劇団で、脚本家兼演出家として活動していた。本作品『コーヒーが冷めないうちに』は、川口氏が脚本を書き、演出した、同名の舞台作品に由来する。2011年にこの舞台を見に来た編集者が、川口氏に声をかけたことが、小説化のきっかけとなったそうだ。
当時、川口氏は40歳。ネットの記事等によると、演劇で食べていくことは大変で、45歳までは食べていくのがやっとだったという。小説家になるまでは、風呂なしの3畳のアパートに住んでたそうだ。
本作品『コーヒーが冷めないうちに』は大ヒットし、その後も同シリーズの作品集が5冊出版されている(それらのタイトルは、『この嘘がばれないうちに』『思い出が消えないうちに』『さよならも言えないうちに』『やさしさを忘れぬうちに』『愛しさに気づかぬうちに』)。
そして、本作品は、本屋大賞2017年にノミネートされ、2018年には映画化もされた。この映画のキャストは超豪華で、有村架純、石田ゆり子、薬師丸ひろ子、吉田羊、松重豊などの名優が集結した。
私がこの本を知ったきっかけは、現勤務先の外資系企業の外国人の同僚だった。本作品の英語版を読み、いたく感動した、と、目を輝かせながら、私に感想を語った。本作品は、世界中で大ヒットしたようだ。34か国で翻訳され、世界中で500万部も読まれているという。
同僚いわく、タイムスリップの物語だという。正直言って、私は、時空移転系のSFには、あまり興味がなかった。しかし、同僚があまりにも強く勧めるので、おつきあいがてら、日本語の小説を読んでみた。
以下、あらすじや、心に残った箇所などをまとめてみる(ネタバレご注意ください)。
**********
人気の少ない路地裏の、地下にある小さな喫茶店、「フニクリフニクラ」。このお店には、都市伝説がある。それは、店内の特定の席に座ると、過去に戻れる、というものだ。
しかし、そのためには複雑な条件をクリアする必要がある。たとえば、過去に戻れるのは、コーヒーを入れてから、コーヒーが冷めるまでの間だけ。また、過去に戻ったとしても、現実は一切変わることはないこと。
この喫茶店を舞台とする、4つのストーリーが収録されている。それぞれのストーリーに、以下のタイトルがついている。
第1話『恋人』結婚を考えていた彼氏と別れた女の話
第2話『夫婦』記憶が消えていく男と看護師の話
第3話『姉妹』家出した姉とよく食べる妹の話
第4話『親子』この喫茶店で働く妊婦の話
どのストーリーも、とても読みやすい。するすると頭に入ってきて、情景がありありと浮かぶ。
ストーリーが展開するにつれて、それぞれの主人公がタイムトラベルをする理由が明らかになってゆく。それぞれの大切な人と、過去や未来に行って話をしたいと痛切に願う事情があるのだ。
そして、特定の席に座って、ウェイトレスにコーヒーを注いでもらい、主人公たちの行きたかった時間へと、タイムトラベルをする。
気がついたら、主人公たちにどっぷりと感情移入していた。早く、大切な人に会いたい。ページを繰る手が早まる。時空を超えて大切な人についに会えた瞬間には、感激で胸がいっぱいになる。
さあ、コーヒーが冷めないうちの短い間に、あふれる思いを伝えなければ。ああ、でも、なかなかスムーズに話ができない。コーヒーが、どんどんぬるくなってゆく。つまり、残り時間がどんどん減ってゆく。焦る。さあ、早く伝えなければ!!!
勇気を振り絞り、思いを伝える。そして、後ろ髪を引かれながら、ぬるくなったコーヒーを飲み干し、現在に戻ってくる。元の世界に戻ると、ルールどおり、現実は、何ら変わってはいない。しかし、それぞれのストーリーの主人公たちの心の在りようは、大きく変わっていく・・・。
「カランコロン」という、カウベルの鳴る音。「コーヒーが、冷めないうちに」というお決まりのセリフ。そして、コーヒーの湯気とともに、時空を超えていく様子。印象的でミステリアスな描写に引き込まれた。
「現実はなにも変わらないんだよね?」
「はい」
「でも、これからの事は?」
「と、いいますと?」
「これから……」
二美子は言葉を選んで、
「……これから、未来の事は?」
と、聞いた。数は、二美子に向き直り、
「未来はまだ訪れてませんから、それはお客様次第かと……」
と、初めてニッコリと笑顔を見せた。
「……」
二美子の目が輝いた。
高竹は、この嘘がつきとおせるなら、死んでもいいとさえ思った。高竹の声は詰まり、顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたが、それでも高竹は満面の笑みを崩さず、言葉を続ける。
(中略)
高竹は、一言、一言、力強く高竹に語りかけた。高竹の思いは嘘ではなかった。たとえ、房木が自分のことを忘れてしまっていても。現実は変わらないとわかっていても。
平井はカップを手に取った。しかし、
(もう一度だけ久美の顔を見たい)
それだけが、最後の迷いとなった。
「……」
だが、久美の顔を見れば、きっと飲めない、帰れない。その事を一番わかっているのは平井自身であった。
ただ、コーヒーを飲みほすだけだというのに、なかなか、カップと唇の距離が縮まらない。
揺らめきとともにこの場から消える意識の中で平井はしっかりと見た。久美が約束は守ると聞いた時に見せた幸せそうな笑顔を。
平井の目に映る景色は、上から下へと流れていく。映画の早送りのように。
初めて体験する「死」を、計は「真っ暗な箱」と表現した。一度、閉じ込められると二度と出る事のできない箱。父はそこに閉じ込められている。誰にも会えない、つらく、さみしい場所。父の事を考えると、計は夜も眠れなくなってしまった。次第に、計からは笑顔が消えていく。
(中略)
十麻子は、計の父を想う優しい心をたたえながら、諭すように「なぜ、笑っていられるのか?」という計の質問に、ていねいに答えた。
「(・・・)あなたが毎日笑っていれば、箱の中のお父さんもかならず笑顔になれる。私達の笑顔が、お父さんを笑顔にするの。私達の幸せが、箱の中のお父さんを幸せにするのよ」
現実が変わったわけじゃない。(中略)過去に戻って変わったのは「心」。
結局、過去や未来に行っても、何ひとつ現実は変わらないわけだから、この椅子に意味などないのでは? と都市伝説を扱う雑誌には書かれていたが、
(心ひとつで、人間はどんなつらい現実も乗り越えていけるのだから、現実は変わらなくとも、人の心が変わるのなら、この椅子にもきっと大事な意味がある……)
と、数は信じて今日も言う。
「コーヒーが冷めないうちに」
本作品を読んで、泣きに泣いた。それほど、強く心を揺さぶられた。
強く印象づけられたのは、以下のようなことだ。
●身近な人であっても、他人の気持ちは、分かっているようで、分からない。こちらの想像とは全然違うことを考えていることもある。
●大切な人に、いつまでも会えるとは限らない。伝えたいことを、いつまでも伝えられるとは限らない。会いたい人とはちゃんと会っておき、伝えるべきことは、伝えられる時間とチャンスがあるときに、伝えておくべきだ。
●過去に起きた事は変えられないが、気持ちの持ちよう次第で、未来は変えられるかもしれない。
本書を読んで、大切な人たちと、もっときちんと向き合いたい、向き合うべきだと、痛感した。そして、自分の気持ちの持ちよう次第で、行動を起こすことができること、避けられなかった不幸な出来事に遭遇しても、自分がコントロールできる範囲において、物事を良い方向に変えていけばよいということを学んだ。
なお、小説読了後に映画版も観たが、こちらもとても良かった。原小説からストーリーが少々改変されてはいたが、上述のとおり、超豪華キャストが勢ぞろいしている。彼らの卓越した演技力のおかげで、とにかく泣けた。
何かつらいことがあったり、落ち込んだりしたときなどには、本作品を読み、映画版を観ていただくとよいと思う。この物語の主人公たちも、それぞれつらい境遇と向き合いながらも、気持ちを切り替えて、少しずつ前進している。元気をもらえると思う。
ただし、泣けてしまうので、電車など周りに人がいる環境で読んだり、視聴したりするときには、十分にご注意を・・・。
ご参考になれば幸いです!
私の読書録の記事へは、以下のリンク集からどうぞ!
いいなと思ったら応援しよう!
サポートをいただきましたら、他のnoterさんへのサポートの原資にしたいと思います。