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【読書録】『自由』アンゲラ・メルケル

今日ご紹介する本は、ドイツのアンゲラ・メルケルの元首相の回顧録『自由』(上下巻)(2025年、KADOKAWA)。日本語訳は、長谷川圭氏と柴田さとみ氏。

メルケル氏(Angela Dorothea Merkel、アンゲラ・ドロテア・メルケル)は、ドイツの第8代連邦首相。在任期間は、2005年11月22日から2021年12月8日までの約16年間であった。また、2000年4月から2018年12月まで、キリスト教民主同盟(CDU)第7代党首を務めた。

上下2巻にわたる、堂々たる大作である。東ドイツで育った少女が、物理学者を経て、政治を志し、51歳で女性初の首相となり、16年にわたり、ヨーロッパの大国ドイツを率いた。その人生をふりかえった回顧録だ。

上巻には、東ドイツで暮らした少女時代、科学者時代、東西ドイツ統合の経験などが書かれている。下巻は、EU統合、ギリシャ危機、難民問題、エネルギー問題、コロナ、ウクライナ戦争など、次々と降りかかる難題に対し、苦悩しながら対応する様子が生々しく描かれている。交渉や対話を行った相手は、各国の首脳たちだ。プーチン、ブッシュ、オバマ、トランプ、サルコジなどをはじめとする各国首脳たちとの緊迫したやり取りが、臨場感たっぷりに再現されている。

以下、まずは特に印象に残ったくだりを引用したうえで、最後に雑感を記しておきたい。

ドイツ統合で土地を失い、陳情に来た元東ドイツ市民へかけた言葉。

「こう考えてみてはどうでしょう。DDR時代には、その土地に対して何らかの対価を得ることなど、一瞬も考えなかったはずです。今はがっかりしているでしょうが、統一されたドイツで少なくとも、以前なら想像もしなかったことができるようになったのです。だから、今回の不幸で落ち込むのではなく、予期せぬ出来事が起こるのを楽しみにしましょう。人生は一度きり、くよくよしていてはもったいない」。

上巻 p206

青少年の暴力対策プログラムのくだり。

我々のプログラムを通じてどれだけの数の若者が更生したのかを証明するのは不可能だ。(中略)だがそれでもなお、(中略)一人ひとりに背を差し伸べる価値があると、私は今も信じている。

上巻 p217

パンツスーツで公の場に出ることについてのくだり。

勇気を振り絞ってパンツスーツを着るべきか? いずれにせよ、当時のCDUやCSUでは、パンツ姿で人前に出るのは勇気のいることだった。それが今となっては、当時のほうが異常に思える。ありがたいことに、時がたつのは早いものだ。

上巻 p220

男女平等についてのくだり。

国が枠組みを整えなければ、女性がいつでもどこでも平等を感じられるーーそして平等に扱われるーー社会を築くことはできない、と確信した。

上巻 p229

党首スピーチのくだり。

「私はグローバル化した世界において社会的経済の倫理をさらに発展させるCDUを望んでいます。この新たな条件下においても市場と人間性を融合させることができるCDUを望んでいます。
 キリスト教的人間理解にもとづき、人間の尊厳を尺度に、テクノロジーがもたらすリスクを評価するCDUを望んでいる。
 社会保障制度の発展において世代間の平等を実現するCDUを望んでいる。
 ヨーロッパのために、市民を代表するCDUを望んでいる。
 個々の市民に自由を与え、市民が力強い国家を必要としているときには、彼らをサポートするCDUを望んでいる。
 小さなグループを支えるCDUを望んでいる。国家そして故郷への献身、自らのアイデンティティへの責任、それこそがこの世界で己を見つけるための条件なのです。
 私は、寛容な国家として横柄な態度をとらず、また自らの能力を包み隠すこともないドイツのために活動するCDUを望んでいます。
 自信を持って議論に参加する党員の意見に耳を貸すCDUを望んでいる。
 そして討論と議論のあとに明確な決断を下し、多数決の原則を受け入れ、全員でひとつの道を歩むCDUを望んでいるのです。

上巻 p278-279

党大会後に舞台からメロディーが聞こえてきたときのエピソード。

その曲には聞き覚えがあった。ローリング・ストーンズの名曲「アンジー」だ。私同様で東ドイツ出身ながら、コンラート・アデナウアー・ハウスの組織部門で責任者を務めていたウルフ・ライスナーが気を利かせてくれたのだ。「アンジー」と歌うミック・ジャガーの声がホールに響いた。感動の瞬間だった。私たちはみんなくたくたに疲れていたが、とても幸せだった。

上巻 p280

マケドニアへの連邦軍の派遣について、統一会派の方針決定の議論がなされたくだり。

どうやら政治の世界では、物事を理解するよりも、エスカレートさせるほうが簡単なようだ。いったん多くの人が特定の方向に進むと、彼らに方向転換を促し、昨日の議論の向きを逆方向に変えるのは、とんでもなく困難であることがわかった。だが同時に、私は「もうだめだ」と考えない技術を学んだ。手遅れになることなどめったになく、諦めずに探せば、できることが必ず見つかる。

上巻 p284

EU首脳がユーロ救済の文書をまとめたときのくだり。

このときまとめられた文書は、すべての国がともに歩める道を指し示すものだった。同時に、その内容はきわめて全般的で、将来さらに発展させる余地をじゅうぶんに残している。これこそ最高の外交というものだ。私は感動した。

下巻 p48

ポロシェンコ、プーチン、オランドとの四者会談を進めたときのくだり。

リスクはあれど、やめるべき理由よりもやるべき理由のほうが多い、という結論に達した。チャレンジはしてみるべきだ。そうでなければ私は、この暴力を交渉によって終わらせるために人間としてできる限りを尽くさなかったと、のちに自分を責めることになるだろう。

下巻 p121-122

難民政策の記者会見を準備しているときのくだり。

「ようやくギリシャの問題を片づけたと思ったら、またすぐに次の難題がやってくるなんて」、私は不満をぶちまけた。「でも、まあいいわ! 今回だって、私たちはどうにかしてやり遂げます。私たちならできる、別の件でもできたのだから」
 バウマンはじっと私の言葉を聞いていた。そして、こう言った。「そのとおりです。今おっしゃったとおりのことを、記者会見でも伝えればいいのでは?」
 私は彼女を見つめ、そして考えた。物事はときにとてもシンプルだ。たしかに、彼女の言うとおりだった。このメッセージを発信すれば、人々を勇気づけることができるし、同時に、私自身がこの課題の重大さを理解していると示すことができる。そうでなければ、こんなことを言う必要はないのだから。

下巻 p146

難民受け入れについての批判を受けたときについてのくだり。

私が1990年に政治の世界に足を踏み入れたのは、人間に興味があったからだ。波や、匿名の群衆ではなく、人間に。そして私の国は当時も、そして今も、たとえその望みを叶えられないとしても、一人ひとりの人間に目を向ける国だ。

下巻 p161

難民問題についてトルコのエルドアン大統領と交渉したときのくだり。

ちなみに私の見るところ、そこには独裁的な傾向を有する政治家に共通する、ある特徴があった。彼らには、必要とあれば無限の時間があるのだ。

下巻 p173

再出馬すべきかどうか悩んでいる際の、側近のベアーテ・バウマンからのアドバイス。

自宅で(中略)、静かな時間をつくって、私自身の考える再出馬すべき理由と、そうすべきでない理由を紙に書きだしてみてはどうか、と提案してくれた。心をクリアにするうえでは、すばらしい提案だ。

下巻 p193

再出馬について、バラク・オバマ大統領とふたりだけで夕食をしながら話したときのくだり。

オバマは静かに私の話に耳を傾け、ときおりぽつりぽつりと、こちらの決断プロセスを手助けするような質問を投げかける。けれどそれ以外に、彼自身の意見を言うのは控えてくれた。まさにそれが、私にとっては助けとなった。私の抱える責任感にオバマが寄り添おうとしてくれているのを(中略)私は感じた。今私に求められているのは、自分の人生だけに関わる個人的な決断ではないのだ。首相として、あらゆる政治的影響を考慮しなければならない。オバマは、欧州にはまだあなたが大いに必要だろう、と言い、それでも最終的には自分の心に従うべきだと助言してくれた。

下巻 p195

自身の世界観について語るくだり。

私が政治活動を行う意義と目的は、個々の人々が成功した人生を送れるようにすることだ。私の指針となる価値観は、人間の尊厳は不可侵であると定めたドイツ基本法の第1条に基づいている。この価値観は万国共通だ。私は、自分のもてる力をドイツ国民の幸福のために捧げると誓った。それはすなわち、この国ドイツの平和と自由、安全と経済的豊かさのために力を尽くすということだ。

下巻 p202

 ドイツの利益を代表するためには、私は自分の掲げる法治国家と人権の概念に合致するか否かで世界の対話相手を選り好みすることはできない。他国と、あるいは国内で、武力を用いた紛争を行っている国の代表者とも話をしたし、ドイツ国民の命を救うためならば、非難すべき人権侵害を行っている国の政治家とも向き合った。そして可能な場合はいつでも、言論の自由や法治国家の理念のために力を尽くし、迫害あるいは拘束されている人々を助けようと試みた。そのためには、つねに一貫して、自分の価値観と利益とを天秤にかける必要があった。それが生きた現実政治というものだ。私にとって、それは汚い取引ではなく、生きる知恵の表れだった。成果を手にするためには妥協が必要だ。(中略)私にとって妥協とは、メリットがデメリットを上回る合意のことだ。妥協をすることはけっして楽な作業ではなく、神経のすり減るような、そしてしばしば痛みを伴うプロセスだった。

下巻 p203

地球温暖化についてのくだり。

過去に目を向けると、政治家と国民は厄災に見舞われたときにしか、しかるべき行動をとろうとしてこなかったように思える。そして最悪の被害から脱するやいなや、予防の原則に代わって希望の原則が再び幅を利かせてしまうのだ。

下巻 p267

好機の神・カイロスをかたどったブロンズ像についての会話。

「なぜこの像がお気に召したのですか?」とヤストラムが尋ねる。
「私は人生のはてしなく多くの時間を、ふさわしい時を考え抜くことに費やしてきたからです。それは政治において、とてつもなく重要です」と私は答えた。「正しいタイミングを掴み取れるかどうかで、成否が決まるのです」

下巻 p311

NATO加盟国としてのウクライナ問題についてのくだり。

抑止力をもつことも大切だが、そこには前向きな外交姿勢が伴っていなければならない。そして外交カードは、適切な瞬間にすぐに取り出せるよう、事前に準備しておく必要がある。(中略)利害が共通するものとは、ともに歩む道を見つけるために、何度も繰り返し意見を戦わせる。そうすることで、望みがかなう可能性が高まるはずだ。

下巻 p264

エピローグで「自由」について語るくだり。

 自由には民主的な条件が欠かせない。民主主義なくして、自由も、法治国家も、人権の尊重もありえない。自由の下に行きたいのなら、対内的にも、対外的にも、民主主義を脅威から守らなければならない。私たち全員が協力すれば、力を合わせて立ち向かえば、必ず守れる。一人ひとりが自分のために、そして、みんながみんなのために。ひとりのための自由など存在できず、自由はすべての人のためでなければならないのだから。

下巻 p372

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いやはや、凄い本だった。

まず、資料として凄い。上巻が397ページ超、下巻が375ページ。2冊合わせると、とても分厚くて、重量も重い。細かい日付、場所、エピソード、同席者の発言などが、とても緻密に記載されている。まるで現代史の教科書のようだ。ベアーテ・バウマンという有能な側近とともに、2年の歳月をかけて書き上げたという。

それなのに、とても読みやすい。淡々とした、歯切れのよい文体。ご本人の筆力か、訳者がよいのか、その両方か。とてもテンポ良く読み進められ、特に後半の、各国首脳との丁々発止のやり取りのくだりは、手に汗にぎる臨場感に、圧倒された。良くできた小説を読んでいるような感覚に陥った。ここまで読者に没入させるのは、凄いことだ。

そして、文章やさまざまなエピソード、ご本人のコメントから浮かび上がってくる政治的手腕とお人柄に、魅了された。

どう表現すればよいだろうか。誠実。寛容。真面目な努力家。責任感が強く、自分に厳しい。自分のことは後回しで、国民に尽くす。人間の尊厳を守るという強い意志。シャープで、ロジカル。長期的、地球的視野を持っている。正義感が強く、正しいと思った意見は曲げない。でも落とし所を見つける努力をし、妥協すべきは妥協する。忍耐力を持ち、諦めない。失敗を素直に反省する。仲間を大切にする。敏腕政治家でありながら、慈愛の心に満ち溢れている。

メルケル元首相が、これほど素晴らしい政治家だったとは。そして、彼女の語りを通じて、激動の現代における政治と外交の難しさを、これほどリアルに学べるとは。良い意味で、大きく期待を裏切られた。

こういう本に出会えるのは、まさに読書の醍醐味だ。だから、読書はやめられない。

ご参考になれば幸いです!

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