【読書録】『柿の種』寺田寅彦
今日ご紹介する本は、寺田寅彦の随筆集『柿の種』(岩波文庫)。
寺田寅彦(1878~1935)は、物理学者、随筆家、俳人。物理学者としては、X線に関する研究を行い、学士院恩賜賞を受賞。また、震災に関する研究も多く、「天災は忘れられたる頃来る」などの言葉で有名だ。また、随筆家として、科学者の眼で日常を切り取った随筆を残している。
本書『柿の種』は、著者が、大正時代から昭和初期にかけて、俳句雑誌などに書いた短い文章を収録したものだ。著者の言葉によると「言わば書信集か、あるいは日記の断片のようなもの」(p6)だそうである。
本書をパラパラとめくってみると、本当に短い文章ばかりだ。1頁に満たないものから、長いものでもせいぜい数頁。これなら、空き時間に手軽に読めそうだ。そう思って読んでみた。
以下、特に印象に残った文章を引用させていただく。
向日葵の苗を、試みにいろんな所に植えてみた。日当たりのいい塵塚のそばに植えたのは、六尺以上に伸びて、みごとな盆大の花をたくさんに着けた。
しかし、やせ地に植えて、水もやらずに打ち捨てておいたのは、丈が一尺にも届かず、枝が一本も出なかった。
それでも、申し訳のように、茎の頂上に、一銭銅貨大の花をただ一輪だけ咲かせた。
この両方の花を比較してみても、到底同種類の植物の花とは思われないのである。
植物にでも運不運はある。
それにしても、人間には、はたしてこれほどまでにひどくちがった環境に、それぞれ適応して生存を保ちうる能力があるかどうか疑わしい。
一日忙しく東京じゅうを駆け回って夜ふけて帰って来る。
寝静まった細長い小路を通って、右へ曲がって、わが家の板塀にたどりつき、闇夜の空に朧な多角形を劃するわが家の屋根を見上げる時に、ふと妙な事を考えることがある。
この広い日本の、この広い東京の、この片すみの、きまった位置に、自分の家という、ちゃんときまった住み家があり、そこには、自分と特別な関係にある人々が住んでいて、そこへ、今自分は、さも当然のことらしく帰って来るのである。
しかし、これは、なんという偶然なことであろう
この家、この家族が、はたしていつまでここに在るのだろう。
ある日、一日留守にして、夜遅く帰って見ると、もうそこには自分の家と家族はなくなっていて、全く見知らぬ家に、見知らぬ人が、何十年も前からいるような様子で住んでいる、とうような現象は起こり得ないものだろうか。起こってもちっとも不思議はないような気がする。
そんな事を考えながら、門をくぐって内へはいると、もうわが家の存在の必然性に関する疑いは消滅するのである。
自分の欠点を相当よく知っている人はあるが、自分のほんとうの美点を知っている人はめったにいないようである。欠点は自覚することによって改善されるが、美点は自覚することによってそこなわれ亡われるせいではないかと思われる。
学生時代には本郷へんの屋敷町を歩いているとあちらこちらの垣根の中や植え込みの奥から琴の音がもれ聞こえて、文金高島田でなくば桃割れ銀杏返しの美人を想像させたものであるが、昨今そういう山の手の住宅区域を歩いてみても琴の音を聞くことはほとんど皆無と言ってもいいくらいである。そのかわりにピアノの音のする家が多くなったが弾いている曲はたいてい初歩の練習曲ばかりえある。真っ黒な腕と足を露出したおかっぱのお嬢さんでない弾き手を連想するのは骨が折れるようである。
たまにいい琴の音がすると思ってよく聞くとそれはラジオである。
なんとも、淡々としたテンポの良い文章だった。いかにも科学者らしい。他愛もない日常や、ふと思いついたことを綴った短い文章のなかに、人間社会に対する鋭い観察眼と人間愛が感じられた。どれも、感性豊かな素敵な文章だった。
ところで、著者は、本書のまえがきにおいて、読者への願いとして、「なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」(p7)と書いている。
テンポの速いデジタル全盛の現代社会においては、「心の忙しなくない、ゆっくりした余裕のある時」などは、意識して作らないかぎり、なかなか持つことはできない。そのように感じている方も多いのでないだろうか。
そんな方は、本書をゆっくりと読んで、デジタルデトックスをされてはいかがだろうか。大正から昭和初期のアナログ社会にタイムスリップして、著者の素朴で豊かな感性に触れるのは、とても素敵な体験だと思う。
ご参考になれば幸いです!
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