【読書録】『いきがい』茂木健一郎
今日ご紹介する本は、茂木健一郎著の『いきがい』。副題は、『世界が驚く日本人の幸せの秘訣』。私が読んだのは、新潮文庫版(恩蔵絢子訳)。
著者の茂木健一郎氏は、脳科学者。テレビや講演活動でもご活躍であり、ご存じの方も多いだろう。脳の働きと人間の創造性、幸福に関する多くの著作を手がけている。
本書『いきがい』は、そんな著者が、日本独自の概念である「生きがい」を掘り下げた本だ。薄い文庫本で、文体も易しく、とても読みやすい。
私が本書を知ったのは、外国人の上司から勧められたことがきっかけだった。本書は、日本ではなく、海外で先に、英語で出版されていたのだ(英語版のタイトルは『The Little Book of IKIGAI - The Essential Japanese Way to Finding Your Purpose in Life』)。上司はその英語版を読んで、いたく感動したという。
日本で生まれた概念が海外で注目を集め、いわば逆輸入される形で、再び日本に戻ってくるという流れに興味を覚えた。
本書は、まず最初に「生きがい」の大事な「5本柱」を明らかにする。
柱1:小さく始める Starting small
柱2:自分を解放する Relasing yourself
柱3:持続可能にするために調和する Harmony and sustainability
柱4:小さな喜びを持つ The joy of little things
柱5:<今ここ>にいる Being in the here and now
これらの要素を軸に、日本と日本人に垣間見られる様々な「生きがい」の例を紹介していく。ミシュラン三ツ星の寿司職人。「千疋屋」の完璧なフルーツ。長江惣吉の「星の器」。清少納言の『枕草子』。永平寺の修行僧。宮崎駿とスタジオジブリのアニメづくり。皇居での雅楽。千利休の「一期一会」。過酷な世界で現役を続ける力士たち。ラジオ体操。伊勢神宮。コミケ。
ひとつひとつのエピソードがとても緻密に解説されている。著者の観察眼はとても鋭いと感じた。また、普段、身の回りに「いきがい」があるにもかかわらず、自分がそういったものにいかに気づいていないか、ということに気づかされた。
以下、特に心に残ったくだりについて、備忘のために記載しておく。
<生きがい>とは、自分にとって意味がある、人生の喜びを発見し、定義し、楽しむということにつきる。
<生きがい>は「朝、目を覚ます理由」とも表現できる。それは生きていく上で、毎日のやる気を起こし、新しい日が来ることが待ち遠しくなるような、生への意欲を与えるものである。(中略)日本人は、生きていくために、壮大なモチベーションの枠組みは必要とせず、毎日の日課の中で小さな決まり事を頼りにしている。
<こだわり>は、個人が確固たる態度で守っている私的な基準である。(中略)<こだわり>は本質的に私的なものであり、自分がやっていることへのプライドの表明である。要は、<こだわり>は、ものすごく小さな細部を尋常でなく気にする、その方法のことなのだ。
<生きがい>はどんな条件であっても見つけられるのだ。そしてそのように逆境に強くなるための鍵が、感覚的な喜びなのである。
直接的な報酬や、世間からの認知を求めることなく、「<今ここ>にいる」喜びに自分自身をただ浸しているという、こういうった特別な心の状態、もしくは仕事倫理が、<生きがい>という日本語の概念の核心部なのである。
「和」は、他者の間で調和して生きながら、どうやって自分自身の<生きがい>の感覚を育てていくことができるのかを理解するための鍵である。(中略)
他の人々や周りの環境と調和して暮らすことは、<生きがい>の本質的要素である。
あなたが良い仕事を成し遂げたとしても、報酬は必ずしも与えられるとは限らない。受け入れられ、認められるというのは、確率論的にしか起こらず、自分がコントロールできるものを超えて、たくさんの要素に依存することなのだ。もしも努力する過程こそを自分の幸福の第一の源にできたなら、あなたは人生の最も重要な課題に成功したことになる。
(・・・)個人の自由や成功について抑制的に振る舞うこと、万事控えめで自制的であることは、実は、日本人の最もユニークで価値ある側面 ー 「持続可能性」と密接につながっている。(中略)
(・・・)個人のレベルでは、<生きがい>はあなたが生き続けていくモチベーション、あなたが毎日目を覚まし、日々の仕事を始めるモチベーションを作り出している。ただし、日本文化というレベルでは、<生きがい>は、それなしではやがてたちゆかなくなる環境との調和、そして周りの人々、社会全体との調和にとても関係するものになる。
我々の<生きがい>は、一般の人々のしている努力を見逃してしまったら、持続可能ではなくなってしまうのだ。日本の哲学では、ありふれていて凡庸に見えるものが本当に凡庸だとは限らないと言う。日本文化では、最も単純で、地味な仕事によって育まれる。ー それがしばしば、完璧と呼ばれるまでの水準に高められていくのである。
人生ではしばしば、自分に与えられたものを受け入れた上で、状況に対処しなければならないことがある。生物学的に言うならば、ある環境の中で、いや、どんな環境の中でも、<生きがい>を見つけることは一つの適応の形だと見なされる。特に精神の健康を得るためには重要だ。与えられた環境がどんな環境であっても、また、そこでのあなたの成績がどんなものであっても、原理的には、そこで生きる理由、すなわち<生きがい>を見つけることは可能である。
<生きがい>を持つためには、固定観念を捨てて、自分の内なる声に耳を傾ける必要がある。
(・・・)<生きがい>は環境への適応であるということだ。その環境の性質の如何は問わない。(中略)<生きがい>を見つける人は勝ち負けという単純すぎる価値を超えて喜びを見出すことができる。<生きがい>を持つことで初めて人生の状況を最も良いものにしていくことができる。
あなたは、小さな物事の中に<生きがい>を見つける必要がある。そして小さく始めなければならない。「今ここ」にいることが必要だ。そして最も重要なことだが、<生きがい>がないと言って、環境を責めることはできないし、責めるべきではない。結局、あなたの道で、自分の<生きがい>が見つけられるあどうかは、あなた次第なのだ。
<生きがい>を持つ利点は、強靭になり、立ち直る力がつくことである。
典型的な日本人の考え方の中では、人生はたくさんの小さな物事のバランスでできている。(中略)
厳格な宗教的価値体系とは対照的に、世俗的な価値を重んじるというのが、日本人の生き方の重要な側面である。だからこそ<生きがい>が強靭に構成されていくのだ。
ある一つの理念に忠実か、さまざまなイデオロギーを持つか、どちらかを選べと言われたら、一般的な日本人は後者を選ぶことだろう。人々の好奇心を抑えるタブーなどほとんどないわけで、これがこの国に海外からもたらされるたくさんの新しい物を吸収させてきたのである。他方、小さな物事のバランスを見るということで、一つの理念に固執することは難しくなってしまった。
日本人は、娯楽ということになると、独自のこだわりを持っているものである。現代日本の会社に勤めている人たちは、やっている仕事に満足していないことがしばしばあるため、日本は、日々の仕事と関係のない目的に熱中する趣味人が多い。大々的に趣味を楽しむというのは、ある意味「小さな喜びを持つ」ことの拡大版といえる。
幸せの絶対的公式などないのだ。ー 各自の特殊な人生の条件が、各自の方法で、幸せの基礎となり得るのだ。結婚して子供がいたら幸せかもしれないし、結婚して子供がいなくても幸せかもしれない。独身で、大学を出ていても、出ていなくても、幸せかもしれない。痩せていて幸せかもしれないし、太っていて幸せかもしれない。(中略)
要は、幸せになるためには、自分自身を受け入れる必要があるのだ。自分自身を受け入れることは、私たちが人生で直面する中で最も重要で、難しい課題の一つである。しかし実は、自分自身を受け入れることは、あなたが自分自身のためにやれることの中では最も簡単で、単純で、有益なことである。ー これこそ幸せになるための、低予算、メンテナンス不要の公式だ。
ここでのひらめきは、自分を自分として受け入れることは、逆説的に「自分を解放する」ことにつながる、ということだ。特に、こういう風になりたいとあなたがしがみついている架空の自己があるときにはそうなのである。あなたは、自分自身を受け入れて、幸せになるために、その架空の自己を手放す必要がある。
<生きがい>と幸福は、自分を受け入れることからやってくる。他者から認められるとは、確かに一つのボーナスである。しかしながら、少し間違えばそれは自分を受け入れるという極めて重要なことを邪魔してしまうこともある。
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以上、引用が少し長くなってしまった。それほど、この本には、言い得て妙で、記憶しておきたいフレーズが詰まっていた。
この本は、薄い文庫本なのだが、本当にたくさんの気づきをくれた。生きがいは身近にあること。細かいことへのこだわりが、生きがいのヒントになること。どんな環境にあっても、生きがいは持つことができること。日本人には生きがいを追求しつつ、他者や社会との調和を図る傾向があること。生きがいを見つけるためには、自分自身をよく知ること、自分の感覚に正直になること。
また、当初の想定読者が外国人であったこともあってか、日本の歴史、宗教観なども絡めて、日本人の特質を丁寧に説き起こしていた。それを裏付ける事象や具体例も豊富だ。一般的な日本人の物の見方や特性を、わかりやすく可視化してくれており、自分自身や周囲の日本人についても、思い当たることばかりだった。目から鱗が落ちる思いを、何度も経験した。自らのDNAに刷り込まれた日本人らしさを、再確認することができた。
私の仕事にも役立ちそうだ。私は、欧米の価値観が支配する外資系企業で働く、一般的な日本人だ。価値観の違いに悶々とすることも、とても多い。でも、そんな環境を受け入れ、日々の生活に生きがいを見つけ、メンタルを強靭にして、もっと上手にストレスと向き合えるかも。そして、日本人らしくしなやかに周囲と調和しながら、もっとうまく立ち振る舞えるかも。そんな勇気と自信をもらった。
また、これを読んで、私が「note」上に記事を書いているのも、私の生きがいなのかも、と気づいた。自分の好きなものや気づいたことや考えたことについて、少しずつ「note」に綴っていくことが、私の日常の小さな習慣であり、小さな喜びになっている。「朝、目覚める理由」と言っていいかもしれない。
本書は、人生の目的に悩む人や、日常に意味を見出したいと願うすべての人にとって、示唆に富む一冊だ。文化や言語の壁を越えて広がるこの概念は、現代を生きる私たちにとって、ますます重要な意味を持つのではないだろうか。
ご参考になれば幸いです!
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