【読書録】『20代で得た知見』F
今日ご紹介する本は、F氏著の『20代で得た知見』(2020年、KADOKAWA)。
著者のF氏は、プロフィールを明かしていない。著者紹介としては、「1989年11月生まれ。神戸出身、新宿在住。男。」としか書かれていなかった。何とも謎めいている。
SNSで、本書についてのツイートをたまたま目にして、興味を持った。この本について検索してみると、巷では、「Twitter/インスタポエム」とか、SNS生まれの「エモ文学」などと呼ばれているようだった。
『20代で得た知見』というタイトルからして、20代前後の人たちが想定読者であろう。アラフィフの私としては、自分の人生の助けとするためというよりは、今の若い人が何を考えているのかを知るために有益だろうと思い、やや冷めた動機を持って読んでみた。
以下、特に印象に残った箇所を書き留めておく(適宜要約しています)。
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好意は、早く伝えた方がいい。だってすぐに消えてなくなる。欲しい物は、すぐ買ったほうがいい。物欲にも賞味期限がある。(p22)
好きな場所で、好きなことを、好きなだけしている、そんなあなたを好きになってくれる人をまず一番大切にしたらよろしい。シンデレラはいない。白馬の王子様もいない。でも、どこかに特別な一人がいる。同じような魂を持つ、孤独な人がいる。そんな一人に出会うまで、とりあえず一人で生き延びるとよろしい。(p23)
「人生で一番後悔していることはなんですか」と60代の貴婦人に尋ねた。思ったその日その瞬間動いておけばよかった。どんなに不完全でも、不完全なまま動くしかなかった。「事前完璧主義」に陥ると一歩も動けなくなる。ベストなタイミングは永久に来ない。(p25)
色気とは、本人が死守していたコードが破られた瞬間、偶然醸出されるもの(p26)
好きって美味しいものを一人で食べた時、あの人にも食べさせたかったなと思えることだと思う。(p34)
幸せは2つある。ひとつは日常に帰ってくるための非日常の幸せ。もうひとつは、非日常に行くための日常の幸せ。(p35)
たとえ大切な人がどれだけ優しかったとしても、きっと自分といる時だけなにかを我慢して、やらないようにしたり言わないようにしたりしてくれていることがある。(p36)
恋愛の目的とは、お相手に最高のトラウマを与えること(p41)
会いたいと思わせてくれるだけでも有り難いこと(p58)
「エモい」の解釈は、「愛おしさとやるせなさの間で、青色に沈殿した記憶」。訳が分からないが大切にしたいものを、昔のひとはもののあはれというブラックボックスに放り込んで記憶することにした。(p62)
いま私が持っているものは、私の遺品になり得る(p70)
恋は「これ以上好きになってはいけない」と「でもあなたしか見えない」の矛盾が散らす火花。「壊したい」と「癒したい」に引き裂かれた狂乱。愛は「離れない」と「いつ離れ離れになっても構わない」の相反する覚悟を行き交う、永い永い長期戦。仕事は「めんどくさい」と「やるしかない」の往来に落ちている厄介者。家族は「許せない」と「許したい」の狭間にあって、いつもこそばゆい。同棲が「嫌がらせ」と「扶け合い」の境界にあるなら、結婚は「あなたじゃなくてもよかった」と「でもなぜかあなたを選んだ」の揺らぎにある気がする。大抵の物事、感情は、矛盾そのもの。(p74)
ものすごく悪い出来事が起きたら、第一章終わり、と言おう。多くの小説もまた、ものすごく悪い出来事を第一章のラストに置くから。(p81)
この孤独、この悲惨は、いまどこかにいる他者の孤独や悲惨とアクセスできる可能性があるという希望を忘れてはならない。孤独にも悲惨にも強い意味がある。誰かを救う可能性がある。他者にアクセスするには、あなたが語るしかない。(p92)
何かを「嫌いだ」「下手だ」と気づくことは才能。才能はそれを持つ本人が最も気づきにくい形をしている。あなたにとって当たり前にできることは、誰かにとっては当たり前ではない。(p93)
二番目を泣きながら集めて集めて、ただひとつのものになっていく。(p94)
感性・センスとは、審美眼。審美眼とは違和感のこと。豊かさとは、目の前の貧しさから、どれだけの教訓を雑巾絞りのように絞り出すか、その錬金術のように思える。(p99)
自分の心を動かしたものだけが、真のインプット。誰かの心を動かしたものだけが、真のアウトプット。心が動いている時間だけが、記憶に残る時間、生きている時間。(p106)
死にたくなったら書け、書いても解決しない問題とは戦うしかない(p111)
歳上は歳下のように扱った方がよい。案外可愛い。案外大人になれない、案外幼い所を見抜いて、甘やかしてあげた方がよい。男は男であることに呪われているように、歳上は歳上であることに呪われている。それを解いてあげる。歳下は歳上のように扱った方がよいのかもしれない。それがやがては彼らの自信になるから。(p118)
「与える」をすべての行為に先立たせた方がよい(p119)
今目の前に流れてきたもののすべてが、世界のすべてではない。(中略)本当に望むものは、こちらから取りに行かねばならない。(p142)
「私たちが生きている理由ってなんだろう」「SNSに載せられないことをするためですよ」(p157)
引きちぎれるほど寂しい目に遭った場所が、本当の故郷になる(p169)
死はこちらが望んでいない時、いきなりやってくる。いずれすぐ死んでしまうのだから、自殺以外のことはすべてやってから、私は死にたい。やると決めたら、いますぐやるしかない。明日行きている保証はどこにもない。(p172)
もうなんにもしたくない時は、無理をしない。休む。大事なのは、ちゃんと底を打つこと。底にちゃんと落ち切って、それから一ミリ、ふっと浮き上がること。(p187)
弱点は、突っついてもいいけど、突き刺してはだめ。美点は、触れてもいいけど、「こうあれ」と呪いをかけてはだめ。(p192)
愛とは、本人が振り絞ることのできる全力のこと(p218)
料理ができるとは、人を幸福で殴り倒せるということ(p221)
人生が激変する瞬間とは「絶対この人には勝てない」と心底確信した瞬間。恋愛ならば、「好き」から「愛おしい」に変わった瞬間、「この人にはもう勝てない」と思う。ひとつの恋が、おそらく最も美しく死ぬ瞬間。(p222)
私たちは勝つために生まれたのではない。美しく敗北するために生まれてきた。ちゃんと敗北し、再起する瞬間、人生に真の分岐点が訪れるように思う。(p223)
アナログの会話ほど愛おしいものはこの世にない。どんな小説の一行や、どんな名作映画のワンフレーズより、友人がべろんべろんになって漏らした、とんでもない一言のほうを愛している。(p225)
もし誰かとの復縁を考えるなら「映画の続編は大抵つまらない」ということを思い出した方がよいかもしれない。それでも続編を作るつもりなら、「前作はなかったことにするほど全く別物の傑作を作る」という覚悟が必要。(p235)
究極の選択を迫られたときに思い出してほしいこと「自分が選んだ選択とその結果を心から受け入れた時、かつてのその選択は判断時に遡及して、正しい選択となる」「正しい選択も、誤った選択もない。だからどちらを選んでも同じ」(p246)
なにかを忘れたのは、別のなにか素晴らしいものを覚えたからだと信じている。(p255)
365日誕生日とせよ。誕生日にやりたいことが全く浮かばないほど毎日特別な我儘を行うのもまた最大の自分孝行。最悪なことはいきなり向こうからやってくる。ならば贅沢には、ささやかな未知には、こちらから毎日飛び込まねばならない。(p260)
インターネットに大事なことは載っていない(p263)
好きな人がいたら、褒めた方がよい。それがいつかお相手の自信になればいい。たとえ私がいなくなってもお相手の心を守るかもしれない。(p268)
私たちは幸福と不幸、そのジェットコースターの間でしか、人生を認識できないのではないか。心が動いた瞬間しか記憶できないようにできているのではないか。不幸であろうが幸福であろうが心が動くその瞬間に己の全感性を賭けるようにして生きるしかないんじゃないか。(p269)
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以下は感想。
なかなかどうして。感性豊かなエッセイ集だった。詩集、と言ってもいいのかもしれない。アラフィフのおばさんにも、響きまくった。
上記で引用したのは、珠玉のフレーズたちのごく一部に過ぎない。おそらく人生のステージが進めば、別のフレーズが印象に残るのだろう。
F氏は、まだ30代半ばのご年齢のはず。お若いのに、人生に達観した熟練者のような印象を受けた。
最初から最後まで、シンプルで分かりやすい言葉が使われている。それなのに、言葉の選択が詩的で独創的。もやもやとした曖昧な感情の琴線に触れ、心に刺さり、何度もハッとさせられた。これが「エモい」ということなのだろうか。
メッセージ自体は、全世代に共通するものが多かった。人生が、いつ終わるか分からない短いものであること。やるべきことは早くやっておくほうがよいこと。自分を大切にすること。愛する人を褒め、人に与えること。孤独や悲惨も、誰かと分かち合えるという希望。
また、所々、お年寄りが若者を諭すような言葉遣い(「~したらよろしい」とか)が散見され、少し驚いた。F氏は、「20代の内に知っておいた方が良いこととはなんですか」と、数百名の方々に訊ねたという。セレブに無名無職、社長、末期癌患者、善人悪人極悪人を問わずに訊ねたそうだ。本書には、その内容も含まれている。だから、若い人のみならず、もっと上の、人生の終わり方が気になり始めたシニア世代にも響くのかもしれない。
SNS全盛の時代である。SNS発信者は、読み手が隙間時間にスマホ画面をスクロールする一瞬の間に、読み手の心を掴み、エモい表現で虜にする技術を、日々の習慣で身につけている。F氏のような感性豊かなエモ文学の若い担い手が、これからどんどん増えてくるかもしれない。新しいジャンルの文学が花開く時代に立ち会えるのが、とても楽しみだ。
ご参考になれば幸いです!
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