第4章③|図面の正解は、お客様によって書き換えられる
図面の正解は、お客様によって書き換えられる
前の節で、店の並びは、館全体でどのような一日を過ごしてもらいたいかを考えながらつくられている、と書きました。似た店を集めて選びやすくし、異なる店を組み合わせて用事や関心をつなぐ。階や時間帯によって変わるお客様の気持ちを想像しながら、一店一店の場所を決めていきます。
けれど、開業前の図面には、まだ一人のお客様も歩いていません。商圏や人口、年齢、所得、交通、周辺の店、過去の販売データをどれほど調べても、実際のお客様がどの入口から入り、どの店で足を止め、誰とどのくらいの時間を過ごすのかを、すべて知ることはできません。開業前につくるのは、完成した答えではなく、その時点で考えられる最も精度の高い仮説なのです。
開業前の図面には、まだ誰も歩いていない
ショッピングセンターの開業前には、店の配置を何度も見直します。どの店を一階に置くのか。上の階まで人を導く店はどこに置くのか。食事の前後に立ち寄られる店は何か。図面の上で人の流れを描き、店の入口の向きや通路からの見え方を確かめ、店同士の関係を検討します。施設側だけで決めるわけではありません。出店する企業にも希望があり、必要な面積や設備、売場のつくり方があります。それらを何度もすり合わせながら、開業の日に向けて、一つの館を形にしていきます。
開業が近づくと、図面の中にしかなかった店が、少しずつ現実の風景へ変わります。仮囲いが外れ、商品が入り、照明がともり、そこで働く人たちが行き交うようになる。それでも、その時点ではまだ、館が本当にどう使われるかは分かりません。開業日は、店の並びが完成する日ではなく、その並びがお客様にどう使われるのかを、初めて確かめられる日なのです。
お客様は、計画どおりには動かない
営業を始めると、図面の上では見えなかったことが次々に現れます。想定していた入口とは違う入口が多く使われる。上の階へ向かうと思っていたお客様が、途中の階ではほとんど立ち止まらない。休日に家族で長く過ごしてもらうつもりだった場所へ、平日の仕事帰りに一人で訪れる人が増える。反対に、短時間の利用を想定していた店で、ゆっくり時間を過ごす人が多くなることもあります。
お客様が計画どおりに動かないのは、計画が雑だったからではありません。お客様には、一人ひとりの目的と事情があるからです。施設側が決めたカテゴリーではなく、自分の暮らしに合う使い方を見つけます。通勤の途中に便利な入口を選び、家族との待ち合わせに使いやすい場所を見つけ、運営側が想定していなかった順番で店を回る。私たちが図面の上で考えた動線に、お客様が従うのではありません。実際のお客様の行動によって、館の本当の動線が浮かび上がってくるのです。
開業直後は、来館者数や売上だけを見ていても、この違いは分かりません。どの入口から人が入り、どこで歩く速度が変わり、どの場所で待ち合わせをしているのか。案内所には、どの店の場所を尋ねる声が多いのか。警備や清掃のスタッフは、どこに人がたまり、どこで迷っている姿を見ているのか。館内のさまざまな場所で働く人の気づきを重ねることで、図面にはなかったお客様の使い方が見えてきます。
店同士の相性は、営業して初めて見える
店同士の相性も、開業前にすべてを読み切ることはできません。ある施設の開業時、感度の高いファッションを提案する店と、日常的な生活用品を扱う店が隣り合ったことがありました。どちらも、それぞれに支持されている力のある店です。異なる目的の店を組み合わせれば、お客様の関心が広がり、新しい行き来が生まれると考えていました。
ところが営業を始めると、想定していた行き来はなかなか生まれませんでした。ファッションの店を訪れる人と、生活用品を求める人では、店の前を歩く速度も、立ち寄る時間も違っていたのです。一方の店を目指す人は、隣の店へほとんど目を向けない。二つの入口の間で、フロアの空気が急に切り替わって見えました。
これは、どちらかの店の力が足りないという話ではありません。店と店の間に、お客様の気持ちをつなぐ共通の場面が少なかったのです。業種が違っていても、同じ暮らしの気分や関心でつながる組み合わせはあります。反対に、どちらも魅力のある店であっても、訪れる目的や過ごす時間が違いすぎれば、隣り合わせただけでは相乗効果は生まれません。図面の上で見えるのは業種や価格帯ですが、営業が始まって見えてくるのは、お客様の気持ちの流れなのです。
すぐに動かせないから、まず小さく直す
相性が想定と違ったからといって、店をすぐ別の場所へ移すことはできません。店には契約期間があり、内装や設備があり、そこで働く人がいます。その店を目当てに通い始めたお客様もいます。飲食店であれば排気や給排水が必要で、物販店でも倉庫や搬入の条件があります。図面の上では隣の区画へ動かせそうに見えても、現実には簡単ではありません。
そこで、私たちはまず、いまの場所でできることを探します。店頭の見せ方を変える。隣の店との間に、共通する季節や生活場面を見つけて提案する。案内サインやフロアガイドの伝え方を見直す。館内イベントや共同企画を通じて、普段は別々の目的で訪れるお客様に、もう一方の店を知ってもらう。大きな配置変更をする前に、小さな修正を重ね、どこまで流れを変えられるかを確かめます。
私たちは、何を変えるかと同じくらい、何をすぐには変えないかを判断することが重要です。売上が伸びないからといって短期間で結論を出せば、店が本来の力を発揮する前に、その可能性を閉じてしまうことがあります。一方で、時間をかければよくなると楽観しすぎれば、周囲の店やフロア全体まで弱くなるかもしれません。店とともに改善できること、施設側の伝え方で変えられること、配置そのものを見直さなければ解決しないことを、一つずつ分けて考えます。
数字の奥にある理由を探す
開業後には、売上、来館者数、入店客数、時間帯別の利用、駐車場や会員データなど、さまざまな数字が集まります。数字は、何が起きているかを教えてくれます。しかし、なぜ起きているかまでは、数字だけでは分かりません。
売上が想定を下回っている店があっても、商品やブランドが合っていないとは限りません。入口から店が見えにくいのかもしれない。上の階へ向かう人が、その店の前では先を急いでいるのかもしれない。隣の店と目的がつながらず、フロアの中で存在が孤立しているのかもしれません。逆に、売上はまだ大きくなくても、その店が加わったことで人の流れが変わり、周囲の店を訪れる人が増えていることもあります。
だから私は、数字を確認したあとに、できるだけ現場を歩きます。店の入口で足を止める人はいるか。スマートフォンを見たまま通り過ぎるのか、それともディスプレイを二度見するのか。商品を見ながら同行者と何を話しているか。店へ入らずに引き返す人は、どこを見ていたか。店で働く人が感じている変化も聞きます。売場に立つ人は、お客様の迷いやためらいを最も近くで見ています。数字と現場の両方を重ねて、初めて次の一手を考えることができます。
店の苦戦を、店だけの責任にしない
売上が想定に届かないとき、最も簡単なのは、「この店は、この施設には合わなかった」と説明することです。しかし、それでは、出店した店だけに責任を負わせることになります。その店を選び、この場所を提案し、周囲との関係を考えて迎えたのは、私たち施設側です。出店する企業は、内装に投資し、商品をそろえ、人を採用し、数年先までを見据えて、その場所に商売を託しています。うまく力を発揮できなかったとき、誘致した側には、自分たちの判断までさかのぼって理由を検証する責任があります。
もちろん、商品構成や店頭の見せ方、接客など、店と一緒に改善していくことはあります。しかし、館内の動線やサイン、販促、隣接する店との関係、その区画が持つ条件は、施設側にしか変えられません。店の苦戦を「店の努力が足りない」で終わらせてはいけない。店の魅力を十分に生かせる場所だったのか。お客様へ正しく伝えられていたのか。館全体として、その店へ人を届けることができていたのか。まず施設側が、自分たちに問い直す必要があります。
それでも、店頭の工夫や共同企画を続けた先に、配置そのものを見直さなければならないことがあります。その場合は、契約更新や退店、改装、新しい店を迎える機会に、少しずつ並びへ反映していきます。ショッピングセンターの店は、毎年一斉に入れ替わるわけではありません。契約の時期も、出店者の事情もそれぞれ異なります。一つのフロアを変えるにも、何年かかけて必要な役割をそろえていくことがあります。
店が退店するとき、その区画に新しい店を入れれば、施設側の仕事が終わるわけではありません。そこで働いてきた人がいて、通い続けてきたお客様がいて、出店者が重ねてきた投資と時間があります。なぜ、その店の力を十分に生かせなかったのかを曖昧にしたままでは、次の店を迎えても同じことを繰り返します。入れ替えは、責任を店へ押しつけるためのものではなく、施設側が得た学びを、次の並びへ反映するための機会でなければならないのです。
開業後に店の並びが変わるのは、最初の計画がすべて間違っていたからではありません。実際のお客様の使い方という、新しい答えが見えてきたからです。ただし、その言葉を、最初の判断を軽くするために使ってはいけません。開業前にできる限り考え抜くこと。そのうえで、想定との違いが見えたときには、店のせいにせず、施設側が責任を持って次の形へつなげること。その両方があって、初めて「図面を書き換える」という仕事になるのだと思います。
営業を続けながら、館を編集する
ショッピングセンターの難しさは、営業を止めて、白紙からつくり直すことができないところにあります。毎日お客様を迎え、店が営業し、人が働いている。その状態を保ちながら、少しずつ次の形へ変えていかなければなりません。舞台の幕を下ろさずに、舞台装置を入れ替えていく。そんな仕事の積み重ねが、ショッピングセンターの運営です。
店の並びは、「この組み合わせなら、このような時間が生まれるのではないか」という仮説です。その仮説をお客様の行動によって確かめ、違いが見えれば、まず現場でできることを試す。それでも解決できない課題は、契約や改装の機会に次の並びへつなげます。運営とは、最初につくった正解を守り続けることではありません。お客様から教えられた新しい答えを受け止め、店とともに、館の中へ少しずつ反映していくことなのだと思います。
図面の正解は、お客様によって書き換えられます。そして、その書き換えに終わりはありません。お客様の暮らしも、街も、店も変わり続けるからです。営業を続けながら何度も編集されることで、ショッピングセンターは、建物の中に店が並ぶだけの場所から、その街の時間を受け止める場所になっていきます。
実際のお客様の使い方から、館に足りない役割が見えてきたとき、次に必要になるのは、その役割を担ってくれる店を探すことです。次の節では、まだ館にない店を見つけ、声をかけ、出店までつなぐ「リーシング」という仕事についてお話しします。
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