The Dance of Eternity (4)
そもそもダーウィニズムって何だろう?
もちろんダーウィンという名前は誰もが知ってますね。でも僕みたいな一般人は「ダーウィニズム」や「ネオ・ダーウィニズム」が今でも進化論の基盤を成していると誤解しているでしょう?実は現代の進化生物学は、ダーウィンの進化論を全面的には支持していないのに。多くの人が「ダーウィンの進化論」と聞いて思い浮かべるのは、 次の通り、シンプルで美しい原則でしょう。
生物はランダムな突然変異を起こし、その一部が遺伝する。
時々で変化する環境に適応的な変異を持つ個体は子孫を多く残す一方、環境に非適応的な変異を持つ個体は子孫を残しづらい。
その結果、適応的な変異を持つ個体の割合が集団内で増えていき、最終的には元の集団から大きく変化する。
このような、明快で美しいロジックの暗黙の大前提には「生態系は無限の個体を支えられるわけではなく、限られた資源(例えば食料)をめぐる競争によって、生き残れるのは一部の個体に限られる」ということがあります。「限りある資源をめぐる競争」という考え方は、マルサスの『人口論』(1798年の初版から1826年の第6版まで増補改訂が重ねられた)から影響を受けています。裏を返せば、資源が無限に存在し、個体数が無限に増えることが許される環境では、強きも弱きも含めてすべての変異が生き残ることになり、自然選択が機能しなくなってしまうということです。
19世紀半ば、「自然選択」という言葉から人々が受け取ったイメージは、19世紀半ばに台頭しつつあった資本主義思想、つまり「適者生存」のイメージでした。この考えは特にアメリカの新興資本家層に人気がありました。なにやら今日、米国版オリガルヒとして批判の矢面に立っているイーロン・マスクが思い浮かんだりします(笑)。
ダーウィニズム=弱肉強食の生存競争、ではない?
でも、当のダーウィンは進化を「進歩」や「向上」とは同一視していなかった。その証拠にダーウィン自身は著書の中で「進化」という言葉ではなく「変化を伴う継承」とか「転変(transmutation)」とかいう表現を慎重に選んでいたんです。僕自身は原書で読んだわけじゃないけどね(笑)。
ダーウィン自身は言葉の選択に慎重だったところ、『種の起源』を読んだハーバート・スペンサー(ダーウィンは立派なヒゲがトレードマークだけど、スペンサーも負けず印象的なでかすぎるもみあげがアピールポイント!)が「自然選択」という言葉を「適者生存」に言い換えて社会学や倫理学に応用したことで「自然選択=適者生存」というイメージが定着してしまった。

もっとも、ダーウィンの主張自体も時とともに変化したのであって『種の起源』という著書は、その思考の中間報告のような位置付けだったとも言えますが。マルサスの「人口論」もそうだけど、この頃の書籍は、何十年にもわたって世間の批評にさらされながら、著者の成熟と学問的な前進と歩調を合わせて改訂を重ねていたので、どの時点の主張を指すか次第で結構大きな振れ幅がある、ということは気に留めておいたほうがよさそうです。
ダーウィンのすごいところ
チャールズ・ダーウィン(1809年〜1882年)は、1831年から1836年(22歳〜27歳の青年期)に有名なHMSビーグル号に乗り込んで、5年にわたって世界を航海し、進化論のアイデアにつながる多くのヒントを得ました。マルサスの「人口論」を読んで自然選択のアイデアを得たのは帰国後すぐだったけど、「種の起源」の初版が出版されたのは、なんと23年後の(!)1859年になってから。ちなみに日本はこの頃江戸時代末期。安政の大獄や桜田門外の変で有名な大老井伊直弼が、反動的に幕政を取り仕切っていた時代と考えるとしみじみしますね。
「種の起源」は、初版後13年間にわたって改訂を繰り返し、最終的には第6版(1872年)で完結しました。この間、ダーウィンは世間からの批判と向き合いながら改訂を重ね、最終的には自然選択以外の進化要因も受け入れるようになっていきました。
ちなみに1871年に出版された『人間の由来』では、美的感覚や道徳意識といった人間特有の特性も進化の結果現れたと主張しているのだけど、この考えは『暴力の人類史』や『21世紀の啓蒙』で知られるスティーヴン・ピンカーら現代の学者にも支持されているそうな。
そんなダーウィンの一番すごいところは「種が変化する」と主張した点です。現代を生きる僕たちにとっては、世界が変化するって感覚が当たり前だけど、産業革命以前の人にとっては「世界=昨日と同じ今日が永遠に続くもの」だったんだね。産業革命が「世界は急激に変化することもある」と気づかせるまでは、デカルト=ニュートン的な世界観を持つ大哲学者であれ、市井の一般人であれ「世界は変わらないもの」だった。だからこそ、ダーウィンの「種は変化する」という、当時からすれば過激で急進的なアイデアが社会に受け入れられるまでに60〜70年という長い時間がかかったんですね。ダーウィンのあのヒゲモジャのじいさん顔から想像できるより、当人はずっと過激でラディカルなロックンローラーだったんですね(笑)。

僕も最近になって知ったんですが、現在「ダーウィンの進化論」として理解されている内容の多くは、実はダーウィンの熱心な信者だったアルフレッド・ラッセル・ウォレスの著書『ダーウィニズム』や、ハーバート・スペンサーの『生物学の原理』に由来しています。ウォレスが『ダーウィニズム』で、自然選択による適応が生物進化で果たす役割を強調しすぎた結果、自然選択以外の要因も広く認めていたダーウィン自身の(寛容な)考えとは異なる、自然選択偏重の狭量な印象を与える考えをダーウィニズムとして紹介してしまった。なんといってもその方がわかりやすいから。こういう「わかりやすい単純化」は今日のメディアやSNSでも問題になってるけど、19世紀にもおんなじ問題があった。
現代の進化生物学でこそ、自然選択以外にも進化の要因はたくさんあることが明らかになってきていて「進化=自然選択」という単純な図式では説明が足りないという認識が共有されているけど、ダーウィン自身が幅のある考え方をしていたにも関わらず、ダーウィニズムという言葉から「自然選択以外に進化を推し進める要因はない」という狭量な印象を受けるのはダーウィンの「推し」たちによる曲解があったからというのは皮肉です。
進化の原動力
さて、そんなダーウィンの考え方をビジネスに応用するにあたって、「ダーウィニズム」や「ネオ・ダーウィニズム」の基本的な理解から出発して「中立説」などのバリエーションも踏まえて考えるのがよいだろう、というわけで「ネオ・ダーウィニズム」について整理していきます。
唐突ですが「ハーディ=ワインベルグの法則(または平衡)」という考え方があります。「ある条件がすべて満たされている場合、集団内の遺伝子頻度は変化せしない、つまり進化は起こらない」という法則です。このような平衡状態が成立するには、以下の4つの条件すべてがそろっている必要があります:
対立する遺伝子の間に生存や繁殖の成功率に差がないこと
集団の大きさが無限であること
個体の流入や流出(移住)がないこと
突然変異が起こらないこと
裏を返すと、この条件のどれか一つでも欠けると、進化が起こることになります。つまりハーディ=ワインベルグの平衡が崩れて進化が起こるためにはこれを逆に表現して、
対立する遺伝子の間で生存や繁殖の成功確率に違いがある場合には自然選択が働く
集団が有限に制限される場合には「遺伝的浮動」が生ずる
集団の間で個体の流入や流出があれば「遺伝子流動」が生ずる
突然変異が起きる
ということが必要ということです。ネオ・ダーウィニズムは、これら4つを進化の原動力として考えています。次回は、それぞれの条件についてさらに掘り下げて、これらをビジネスに当てはめるとどのような意味を持つのか、一緒に考えていきましょう。
