The Dance of Eternity (44)
前稿『The Dance of Eternity(43)』ではスチュアート・カウフマンの自己組織化の概念を企業のイノベーションに応用するアイデアを紹介しました。
さて本稿からは非連続的イノベーションと捉えられがちな驚異(例えばビートルズ)が、実は非連続ではなく必然だったのでは?という点を検討していきます。
具体的には、18〜19世紀にアフリカからやってきて20世紀のアメリカを席巻した音楽のトレンドと電子楽器が出会ったことで、ビートルズの登場にいたる連続性・必然性が潜んでいたと考えられる、という感じです。そうした驚異(画期的なイノベーション)の出現を促すシステムを設計できないか?
まずカウフマンの複雑系理論の中でも特に印象的なアイデア「隣接可能性(Adjacent Possible)」から始めましょう。
隣接可能性(Adjacent Possible)とは?
隣接可能性とは「現在の状態から一歩で到達できるすぐ隣の可能性の空間」のことです。
例えばルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿(冒頭のイラスト)のように部屋が何百とある巨大な宮殿の一室にいるところを想像しましょう。今すぐに移動できる部屋につながる扉は、直接つながっている隣の部屋への扉だけです。そしてその隣の部屋へ移動するとその部屋に隣接するさらに隣の部屋への扉にアクセスできる。…こんな調子で、隣へ隣へ一部屋ずつしか進めません。

スマートフォンに至るイノベーションに当てはめると、
固定電話の発明が、隣の可能性としてガラケーを可能にした。
ガラケーが、隣の可能性としてスマートフォンを可能にした。
このような調子で、スマートフォンは突然どこからともなく出現したわけではなく隣接可能性の段階を踏んで生まれてきた。
このように隣接可能性は「既存の技術・知識・社会構造のすぐ隣にある可能性の空間」であるといえ、非連続な飛躍ではなく、階段を一段ずる登るように段階を踏む必要があるということです。
隣接可能性と「カオスの縁」の関係
スチュアート・カウフマンを始めとする複雑系の研究者は生物・社会・組織のように進化する系(システム)は、次の3つの状態(相)のいずれかとして存在する、といいます。
システムの3状態(相)
システムが秩序立ちすぎていると、相として硬直するので新しい扉(隣接可能性)が開かない。
システムが混沌(カオス)すぎると、そもそも「隣の部屋(隣接可能性)」が定義されないので、可能性の扉自体が存在しない。
システムが「ほんの少しだけ変化を許す」状態=カオスの縁にいるとき、隣の部屋(=隣接可能性)が定義され、移動が可能になる。
こう考えてくると隣接可能性を拡張するように組織や社会を設計することが、持続的なイノベーションを促す鍵であることがわかってきます。
(A)既にある資産を組み替えることで新しい扉を開く
イノベーションとは、無から何かを生み出すことではなく、すでに存在するものを組み替えることです。だからこそ組織の中にすでにある知識・才能・プロセス・ツールに、誰もがアクセスできるようにしておくことが必要です。
このためには下記が必要です。
既存の資産を系として共有し活用できるオープンな仕組み
知識・才能・プロセス・ツールといった既存のリソースが死蔵されず再利用できるプラットフォーム
(B)秩序と自由のバランス
システムの三相で述べた通り
システムが秩序立ちすぎていると、新しい扉(隣接可能性)が開かない。
システムが混沌(カオス)すぎると、そもそも「隣の部屋(隣接可能性)」が定義されないので、可能性の扉自体が存在しない。
システムが「ほんの少しだけ変化を許す」状態=カオスの縁にいるとき、隣の部屋(=隣接可能性)が定義され、移動が可能になる。
実験的な失敗が許容され、やり直しもできる「カオスの縁」の空間が重要ということです。
これまでに何度か紹介してきたGoogleの20%ルール(厳密にいうと最近でははその形骸化や一般的な組織への応用の難しさも指摘されていますが)や、IDEOのプロトタイピング文化を「カオスの縁を促す工夫」と捉えるとわかりやすいです。
(C)異質な要素同士の出会いを意図的につくる
隣接可能性は、異なる知識・文化・スキルの接面に生じます。多様な企業・部門・個人が相互に出会いやすい物理的な空間をデザインして偶発的なアイデア共有を促すオフィスレイアウトとして、WeWorkはわかりやすい例です。

(D)段階的な移行を支えるプロセスを設計する
巨大なジャンプを狙う代わりに小さな一歩(=隣の部屋に移動することで、その隣の部屋の可能性が開けてくる)を促す仕組みを工夫します。
新規事業における段階的開発(PoC → MVP → 本サービス実装)とそれに合わせた段階的なリソース投下の基準を整備したり、研究開発で研究 → 実験 → 製品化 → 市場投入といったプロセスを設計するのも、無自覚に「そういうものだから」と設計するのではなく隣接可能性=「やってみなければその先の景色は見えない」を意識して設計することが必要です。
AIと進化における隣接可能性
生物進化ではどんな鳥でも一夜にして翼が生えたわけではなく「羽毛 → 羽ばたき → 滑空 → 飛翔」と、階段を一段ずつ登るように(そしてその階段は分岐しており)隣接する可能性を進んできたのです。
AIも同じでいきなり今日百花繚乱の生成AI群(Chat GPT、CLAUDE、Lovable、manus、OpenClawなど)が現れたのではなく、電卓 → パーセプトロン → 深層学習 → トランスフォーマー → GPTというようにステップ毎にその時点の隣接可能性を踏みながら展開してきたわけです。
隣接可能性を促進する組織アイデア
1. 情報のオープン性と探索可能性を高める設計
隣接可能性は「既存リソースの組み替え」が本質なのでスキル・ツール・洞察といった既存リソースを見える化して、アクセス可能にするとイノベーションが加速します。例えば、
社内Wiki、Notion、Miroなどを活用した知識アーカイブ
情報のサイロ化を防ぐオープンなSlackチャンネル
Working in public(公開しながら仕事する)でチーム横断のフィードバックと協働を可能にする
2. 高いモジュール性と再結合しやすい構造
組織の部品(チーム、機能、個々のメンバー)が容易に再利用・再構成できる必要があります。ここでモジュール設計(LEGO化、API化、再結合可能性)と言えばこの目的のためといえます。
モジュール型チーム設計(例:SpotifyのSquadモデル)
社内API、データ基盤、共通DevOpsツール
職能横断で“プラグ&プレイ”できるタレント・アサインの仕組み

3. 異質性が交差する「偶然の交差点」を工学的につくる
イノベーションは、一見無関係な領域同士の境界で生まれます。セレンディピティ(偶然の発見)や、ハイブリッドチーム、領域横断の交差が起きやすいからです。
常設のハイブリッドチーム:エンジニア+営業+マーケ+デザイン(BizDevOpsのような形)
全社イノベーション・ブートキャンプや仮説ピッチイベント
スタートアップや他業界と日常的に交わる仕組み(例:社内コラボスペース)
4. 「やってみなはれ」=小規模実験のための空間
扉の向こうに何があるかは、扉を開けて隣の部屋に行ってみないことには分かりません。それを試す自由と、失敗する権利が重要です。プロトタイプ文化、リーン検証、実験歓迎の姿勢こそ「やってみなはれ(Just try it to see how it goes)」の本質です。

スプリント型の予算制度(素早いプロトタイプのため)
部門横断の「実験予算」(例:上限付きのAWS PoC予算)
イノベーションラボを「変化への許容ゾーン」として設計する
5. 段階的進化を前提にしたプロセス設計
僕らは「無茶な飛躍」ではなく「隣接可能性による進化」のためにシステムを設計すべきです。キーワードは段階的変化と可逆性。
実装ステージ:PoC → パイロット → 展開(ロールアウト)
フェーズゲート審査で、撤退(出口)や可逆性を形式知化する
顧客開発モデルを採用する(Customer Discovery → Validation)
6. スロー・ハンチ(遅いひらめき)を育てる「ゆるい結びつき」を保つ
スティーブン・ジョンソンの「スロー・ハンチ」という考え方によれば、優れたアイデアは成熟に時間がかかることが多く、醸成するための余白が必要です。これは隣接可能性という空間的な近さだけでなく、時間的な隣接も示唆しているんですよね。あるアイデアをしばらく「寝かしておく」ことで、別のアイデアに出会いそれが火花になってイノベーションが起きる、ということです。

「ぶっ飛んだアイデア」やブレスト用のSlackチャンネル
未完成アイデアのためのIdea Poolや「荒削りアイデア集(Unpolished Catalogs)」
定期的な1on1やブレストで寝かしておいたハンチを再訪して磨いてみる
7. 組織をプラットフォームとして運用する
隣接可能性は再利用と再結合を前提とします。既存のアイデアやツールは組織内の他のメンバーが自由にアクセスできる使えるブロックとして設計されるべきです。キーワードは、共創(Co-creation)、組み換え可能性(remixability)と「場の設計(place-making)」です。
再利用できるUXパターン、API、データモデルを構築する
成果物をチームやパートナー間でオープンに共有する
オリジナル発明よりも、作り直しやリミックスを価値づける文化をつくる
次回からは隣接可能性とスロー・ハンチに関連して動物のサイズスケールに関する、面白くて重要な概念を掘り下げていきます!
