【あなたに会えて幸せ】/第1章第1話「ミクのキッチンと不思議な足あと」
誰かを本気で愛せるなんて思っていなかった。
フローリングの床に直接置いた、IHクッキングヒーター。
高さわずか25センチの簡易テーブルの上に載せたまな板。
それが、私のキッチンだ。
床に座れば、ずっとラク。
ふわとろオムレツの焼ける匂いを感じながら、過ごす毎日が大好きだ。
私は、ミク。21歳。
養護学校を卒業して、独り暮らしが3年になった。
車椅子ユーザーの独り暮らしは、当然両親が猛反対。
足が無い私に独り暮らしは無理だと言う。
独り暮らしは、予想以上にキツかった。
入浴・トイレ・掃除洗濯・買い物・料理。
ひとつずつ、こなしながら、それら生活を YouTube で配信していた。
【車椅子ユーザーの独り暮らしなんて、不可能では?】
誰しも思う。
そんなことはない。
要は、《既成概念に囚われない創意工夫》と自立心である。
料理は、生活の中心。
私なりに効率的な日常を考えている。
チャンネル名は、【足無き子ミクの独り暮らし】。
フランスの児童文学【家なき子】からヒントを得た命名だ。
あまりに自虐的な印象なのか、チャンネル登録者は、わずか502人。
実は【足無き子】は、私が考えた名前ではない。
小学生の時に付けられた【あだ名】だ。
今でも私をバカにした男子たちの顔が目に浮かぶ。
ネットで、事務仕事を請け負っているものの、仕事は散発的で、大した収入にはならなかった。
いつまで親の仕送りに頼れるかな、、、
車椅子は、通販で購入した。
家賃より安い。
多くの人は、福祉課や介護サービスに相談するらしい。
私も初めはそうだったが、すぐに嫌になった。
親切そうな福祉課の職員にも、
【足無き子】とバカにされているようで、
誰とも会いたくなかった。
食後の片付けを終え、ベッドの上でスマホを開く。
実は歴史好き。
歴史解説動画を1日1本視聴する。
大好きなアーティスト『水時計』の手話歌動画。
【あなたに会えて幸せ】の手話を、私もベッドの上でそっと真似してみる。
私はそんなに可愛くないけど、いつか素敵な男性に、この手話「あなたに会えて幸せ」と言ってもらえたら――。
そんな淡い夢を見ながら、動画のコメント欄を開いた。
お礼を書き込もうとした私の指が、ふと一つの書き込みでピタリと止まる。
――《脊髄損傷のトモキです。手話歌解説ありがとうございます》
画面の向こうから、そっと私を呼び止めるような優しい言葉。
静まり返った部屋の中、青く光る画面の隅に、それは確かに刻まれた『不思議な足あと』だった。
第2話に続く
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