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小児喘息/転地療養



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2:転地療養

転居

僕が小学校に入学するタイミングで、 家族は埼玉県の檜田町に転居した。
両親が老後をノンビリ暮らそうと
思って、檜田町に土地を買っておいた
らしい。
ところが医者の勧めでその檜田町に
転居することになった。
その時点で既に、僕という存在は、
「両親の人生を狂わせた存在」
だった。
言い換えれば、
自分を責める自己否定感(※1)
が強かった。

「小さな子どもには、
 工場地帯の空気が良くないのだろう」
と、医者は言っていたらしい。
さらに、
「お母さん、この子は
 空気が綺麗な土地に転居すれば、
 きっと喘息も治るよ」
と言ったらしい。
空気が良くなったら喘息も治ると思われていたのだが、残念ながら症状はちっとも好転しなかった。
よくなるどころか、発作の苦しみを脳裏にしっかり刻み込んでいったのだった。毎晩ではなかったけれど、頻繁に夜中の発作に苦しんでいた。
小学校に入学した頃から、僕は小児喘息の苦しみを実感する毎日になった。

「喘息」は、苦しい病気

 「喘息」は、苦しい病気だ。
これほど、医療が発達し、救命救急の体制が確立した昨今でも、喘息によって亡くなる方が多い。
亡くなる方の人数は、年々減少傾向に
ある。
が、それでも、平成二十二年には、
二千人の方が喘息で亡くなったらしい。
(※2)
 喘息は、気道の狭窄・閉塞によって
呼吸困難の発作を起こす。
息を吸うのが困難なら、息を吐くのも困難になる。
窒息死するかと思うほどだ。
呼吸のたびに「ゼーゼー」という大きな呼吸音が聞こえる。
患者本人のみならず、見ている家族もツライ。
亡くなった人の中には、恐らく自分で
救急車を呼ぼうとしたのか、
電話に手を伸ばした状態で亡くなって
いるのを発見されたという話も聞いた。

養命酒

小学生の時は、養命酒を飲まされていた。
当時、小児喘息が酷くて親がどこかから「養命酒が良い」
との情報を仕入れてきた。
毎朝、直径三㎝ほどの小さなコップに一杯。
それでも小学生の僕は酔っ払って小学校に通っていた。


脚注

※1 自己否定感


※2 喘息の死亡者数


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