お手伝いしましょうか
お手伝いしましょうか
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【1】例のセリフ
2026.01.02
通りすがりの女性に、また
「例のセリフ」
を言われた。
以前は、はらわた煮えくり返るのが常だった。
もっと以前は、3日くらい寝込んだ。
最近は、軽くかわせるようになった。
【2】さかのぼって
・過去記事
2015年に、下記の記事を書いた。
しかし、2018年頃には、嬉しくなくなった。
2019.04.15 にゴミ拾いボランティアを始め、
《押しましょうか?》
と、声をかけてくる人はいなくなった。
それが、心地良かった。
茅ヶ崎に引っ越して、ゴミ拾いボランティアを続け、
やはり、
《押しましょうか?》
と、声をかけてくる人はいなかった。
ところが、秦野に引っ越したら、状況が変わった。
《押しましょうか?》
と、声をかけてくる人が、再び現れた。
もちろん断った。
しかし、悔しい思い出がいくつかある。
・具体例①
2024.11.03
の帰り道、黄色のバラを買った。
左手にバラ・右手に懐中電灯を持って帰り道を進む。
《押しましょうか?》
と、若い男性が声をかけてきた。
歩みを止めて男性を見ると、そばに彼女らしき女性。
自転車を2台支えている。
もちろん断った。
それでも、
《いえいえ、押しますよ》
と、畳みかけてきた。
しつこい! と思った。
きっと、彼女に自転車を預けてまで申し出た介助。
引っ込みがつかないのだろう。
若い男性に恥をかかせるのは可哀想か。
私は、《押させてあげることにした》
死ぬほど嫌!
過食症なるほど嫌!
若い男性に恥をかかせるのは可哀想かと思い、
私は、《押させてあげることにした》
車椅子を押させながら、互いに自己紹介。
男性は、20歳。
私は、60歳。
男性は、何を訊いても《うん》と答える。
《はい》じゃないのか?
どれだけ車椅子を見下しているのか?
若い男性に恥をかかせるのは可哀想かと思い、
《押させてあげた》
ことを後悔した。
彼には、
「彼女の前で、花を持たせてもらった感謝」
などないのだ。
「花を持たせてあげても、その花で私の顔を叩く」
彼は、そういう男。
・具体例②
2024.11.21
の帰り道、ベルを持って歩いていたら、
《押しましょうか?》
と、若い女性が声をかけてきた。
もちろん断った。
それでも、
《いえいえ、押しますよ》
と、畳みかけてきた。
しつこい! と思った。
持っていたベル(ギターくらいのサイズ)を手渡そうとしたら、
《いえいえ、車椅子》
と言う。
車椅子を押したいだけなのだろう、と思って断りたかったが、
気持ちに水を差すのは可哀想と思い、
《押させてあげることにした》
道中、色々話をした。
《可愛そうな人の力になりたいんです》
え? 私、可哀想な人?
どれだけ失礼な物言いなのか?
確かに私は可哀想。
車椅子を押されるのが、死ぬほど嫌!
車椅子を押されるのが、過食症なるほど嫌!
なのに、
・可愛そうな人、と思われる
・押しましょうか?、と声をかけられる
可哀想な私。
・具体例③
2025年、笑いながら走ってくる年配女性がいた。
私に追いつくと、
《押しましょうか?》
・具体例④
いきなり、私の車椅子を掴む乱暴な人もいた。
過去、3人いた。
・触られたくなくて
2024.12.08
車椅子を触られたくなくて、
次の記事を書いた。
【3】ついにわかった!
2026.01.31
灯油を買いに行った。
帰り道、笑いながら走ってくる男子高校生。
私に近づいたら、
《お手伝いしましょうか?》
笑いながら?
私は、ついにわかった!
去年、笑いながら走ってくる年配女性がいた。
2024.11.21に、声をかけてきた若い女性もウキウキしていた。
みんな、車椅子の私を見付けて、
《人助けのチャンス!》
と、嬉しくなってしまったのだ。
助けてもらう必要がない私。
助けてもらうことが「屈辱」な私。
彼らは、
《頼んでもいない人助け》
をして自己満足するのだろう?
なぜ、私が彼らの自己満足の餌食にならなければいけないのか?
【4】今後は
2026.02.04
介助の申し出は、全て【無視】することにした。
今まで、【社会的な効果】を考えて、自分を抹殺していた。
《お手伝いしましょうか?》
という「善意」を笑顔で受け取ることで、
社会全体の「心のバリアフリー」に貢献するだろう、
と考えていた。
しかし、社会貢献のために、私が自分を抹殺すべきではない。
今後は、介助の申し出を全て【無視】することにした。
【5】社会的影響
・社会的影響力を持たない私
《お手伝いしましょうか?》
という「善意」を笑顔で受け取ることで、
社会全体の「心のバリアフリー」に貢献するだろう。
逆に、「善意」を無視することで、
社会全体の「心のバリアフリー」を低下させるだろう。
しかし、社会的影響力を持たない私が、
《可愛げのない車椅子ユーザー》
になったところで、数人から数十人の「心のバリアフリー」を低下させる程度だろう。
・社会的影響力を持つようになったら
「紫式部カラオケ」や「清掃ボランティア」などで、
私が「社会的影響力を持つようになったら」
その時は、堂々と言えば良い。
「なぜ笑って走ってきたのですか?
車椅子を見付けて、
《人助けのチャンス!》
と、嬉しくなってしまったのですよね?
そんなあなたに声をかけられても、私は嬉しくありません。
あなたは、
《頼んでもいない人助け》
をして自己満足するのでしょう?
なぜ、私があなたの自己満足の餌食にならなければいけないのですか?」
・「思いあがり」を抹殺
車椅子を見付けて、
《人助けのチャンス!》
と、嬉しくなってしまったような勘違い野郎を抹殺するほうが
社会のためになるのだろう。
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