【安芸日記】 #6 弥山 ――2010年、今はもう見られない景色
厳島神社の裏山、弥山(みせん)へと足を延ばした。標高535メートル、空海が開いたと伝わるこの霊山は、山そのものが信仰の対象とされてきた場所である。今回改めてこの時の写真を見返すと、あの日出会った景色のうちいくつかは、もうこの世に存在しないのだと気づかされた。2010年撮影のこの記録を、今となっては貴重な一枚として、ここに残しておきたい。
一、霊火堂――1200年の火を守った堂

どっしりとした重厚な木造建築の中に、いくつもの灯明が揺れていた。「恋人の聖地」と書かれた幟が立ち、参拝者が列をなしている。
正式名称を「不消霊火堂(きえずのれいかどう)」という。大同元年(806年)、空海が弥山で修行した際に焚いた護摩の火が、1200年近く絶やされることなく燃え続けてきたと伝えられる。この火は広島市の平和記念公園にある「平和の灯」の分火元のひとつでもあり、宮島と広島の記憶を炎を通じて結びつける、特別な場所だった。
しかし2026年5月20日午前8時30分ごろ、この霊火堂は火災により全焼した。記録が残る中では2005年に続いて2度目の全焼という。山頂付近という立地のため消防車が直接近づけず、消防ヘリコプターによる空中放水など懸命の消火活動が続けられ、約2時間後に鎮圧に至ったと報じられている。幸い怪我人はなく、「消えずの火」自体は別の場所に移されて無事だったと伝えられている。
この写真に写る堂内の灯り、参拝者たちの姿、恋人の聖地の幟――そのすべてが、もう同じ形では見ることのできない光景になってしまった。2010年のある日、確かにここに立っていたことの記録として、この一枚を大切にしたいと思う。
二、弥山七不思議、錫杖梅

金網で厳重に囲われた、老いた木の幹があった。傍らの石碑には「弥山七不思議 錫杖梅(しゃくじょうのうめ)」と刻まれている。
これは弥山本堂の脇にある梅の木で、空海が地面に立てかけた錫杖(修行僧が持つ杖)が根を張り、やがて八重紅梅として花開いたという伝説を持つ。「弥山七不思議」のひとつに数えられ、弥山に不吉な兆しがあるときは花を咲かせないとも言い伝えられているという。
老木を守るための金網越しに見るその姿は、伝説の重みそのままに、静かな威厳を湛えていた。空海の杖が根付いたという伝承の真偽はさておき、千年以上にわたって人々がこの木に特別な意味を見出し、守り続けてきたという事実に、深い感慨を覚える。
三、弥山本堂、山頂の祈りの中心

軽やかな新緑のもみじ越しに、堂々とした本堂建築が見えた。参拝を終えた登山者たちが石段を下りてくる。
弥山本堂は、空海が弥山を開山した際に創建したと伝わる、真言宗御室派大本山・大聖院の重要な堂宇のひとつである。霊火堂とともに、弥山における信仰の中心地として、古くから多くの参拝者を迎えてきた。登山道の途中にありながら、堂々とした佇まいは山頂付近とは思えないほどの風格を持っている。
若葉に彩られたこの一枚からは、修行僧たちが積み重ねてきた祈りの歴史と、今なお多くの登山者を迎え入れる開かれた雰囲気の両方が伝わってくるようだった。
四、山頂近くから望む、多島美の一角

霞んだ空気の向こうに、岩肌の露出した小さな峰と、その先端に建つ展望所らしき建物が見えた。眼下には瀬戸内海が静かに広がっている。
弥山山頂周辺には、巨石・奇岩が至るところに露出しており、こうした岩の峰から瀬戸内海を見晴らす展望地点がいくつも点在している。初代内閣総理大臣・伊藤博文が「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と絶賛したと伝えられるほど、この一帯からの眺望は古くから高く評価されてきた。
霞がかった視界の中に浮かぶ島影と、その先の展望所。どの地点から撮られた一枚かは特定できないが、弥山という山が持つ独特のスケール感を静かに伝えている。
五、瀬戸内海、島々の連なり

霞んだ海の向こうに、幾重にも重なる島影と対岸の集落が見えた。手前には椿の葉が控えめに写り込んでいる。
瀬戸内海国立公園に位置する弥山からの眺めは、瀬戸内に点在する島々の重層的な美しさをそのまま見せてくれる。晴れた日には四国の山並みまで見渡せるというこの景色は、弥山登山の大きな目的のひとつでもある。この日は霞がかっていたようだが、それもまた瀬戸内特有の柔らかな空気感を写し取っているように思えた。
六、旧展望台、今はもう存在しない姿

山頂の巨岩の上に、鉄骨造りの古びた展望台が建っていた。錆の浮いた手すりの上に、数人の観光客が景色を眺めている。
この展望台もまた、2010年当時の姿のまま今に残ってはいない。老朽化のため、平成25年(2013年)1月に着工した建て替え工事により解体され、同年11月、広島出身の建築家・三分一博志氏の設計による新しい「宮島弥山展望休憩所」へと生まれ変わった。三分一氏は「座」というコンセプトのもと、風や光とともに瀬戸内の景色を座って楽しめる建築を目指したという。新しい展望台は2015年、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで三つ星に格上げされるほどの評価を得ている。
写真に写るこの武骨な鉄骨の展望台は、今の洗練された木造建築とはまったく異なる、昭和から平成にかけての山頂施設の姿を伝えている。霊火堂と同じく、もう見ることのできないこの光景を、当時の記憶として残しておきたい。
おわりに
2010年に弥山で撮ったこれらの写真を見返すと、その多くがすでに失われた、あるいは姿を変えた景色であることに気づかされる。1200年燃え続けた霊火堂の炎、老朽化した鉄骨の展望台。形あるものはいつか失われるという当たり前の事実を、この一枚一枚が静かに教えてくれているように思う。
だからこそ、あの日確かにそこにあった景色を、こうして言葉と共に記録しておきたい。
(安芸編、完)

