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溝口勇児、もっとやれ。

溝口勇児のコミュニケーションスタイルは、誰もが知りながらまだ名前のついていない「名もなきハラスメント」の一つだと思う。


無味無臭の違和感

たとえば、厳しい突き放し方をした後に急に身内として抱きしめるような優しい言葉をかける、強い言葉と優しい言葉の往復で相手の感情を揺さぶる。
精神的な主導権を握り(支配し)、コントロールしやすい状態を作り出す。
また「~ですよね。だからお前は〇〇なんですよ」など、基本的には敬語を使っているが乱暴な単語やネガティブな単語を織り込む。

しかも、そこには圧倒的な社会的地位や実績というパワーバランスがある。
これがもし大声で怒鳴りつける行為であったり物を叩くといったものであったら境界線がはっきりとした明らかなパワハラになるのにこの曖昧で悪質な方法を繰り出されると、
「言われているロジックは正しい。彼は実績もある。身内の私のために言ってくれている。怒鳴ったり殴られたりされたわけじゃない。ここで傷ついたり、恐怖を感じている『私のメンタルの弱さ』や『考え方の甘さ』が問題なのではないか?」
という風に、大なり小なり内省を搾取される。

彼のコミュニケーションスタイルには、心理学でいう「ダブルバインド(二重拘束)」や「飴と鞭(洗脳・マインドコントロールの初期フェーズに使われる手法)」「ガスライティング(判断力を鈍らせる手法)」に酷似した特徴が多いように感じる。

「勝てば官軍」は免罪符か?

確かに溝口氏はたいていの人より「お金持ち」であり、揺るぎない実績を持っている。間違いなく成功者だ。
ベンチャーの創業、成功、そして誰もが耳にしたことくらいはあろうモンスターコンテンツ「BreakingDown」を仕掛け莫大な利益を叩き出し続ける稀代の連続起業家。
まさに勝てば官軍の「官軍」だ。
あのコミュニケーションスタイルは、カリスマの熱量やスリリングなエンタメとして昇華されてしまっている。
かつての社会では、大声で怒鳴るパワハラやセクハラもまた「熱血指導」や「職場を円滑にするノリ」、「よくあること」、「気にしすぎ」などと片付けられていた。
無数の被害者の死屍累々が、人々の目に映るようになってやっと社会を動かしてきた。
それらを言語化し、明文化し、明確にルールとして排除した。
今ではコンプライアンス違反や犯罪、不祥事を起こした企業には、世間は一瞬でノーを突きつけるようになった。

社会は、加速度的にホワイト化している。

無味無臭を「事象」として引きずり出す

だからこそ私は思う。「もっとやれ」と。
沈黙せざるを得なくなった女性インフルエンサーのように彼のまわりには無数の声なき被害者がいるはずだと思う。
彼のコミュニケーションスタイルが持つ、洗練すらされた暴力性を限界まで暴走させ、人々の目に映るようになった時。
社会は初めてあの暴力性に名前を付け、やっと誰もが瞬時に想起できる現象となる。
「マウンティング」という言葉が生まれた時、「なんか嫌な事をしてくる人」としか表現できなかったものが誰もが一瞬で「どんなものか」を理解したように。
この絶妙に言語化しづらかった暴力性に…たとえば「スマートパワハラ」のような名前がつき、誰もが「悪」として認識できて断罪される世の中になってほしい。

今、彼に引けを取らないビジネス実績と影響力をもつ人物が声を上げた。三崎優太氏だ。
三崎氏の告発によって、少しずつ溝口氏のあの暴力性の輪郭が象られ可視化されつつあるように思う。

似たような暴力性を持った人物に苦しめられた被害者が、日本中にいるはずだ。私もその一人だ。
よりホワイトな、健全でまっとうな新しい社会へ進むことを心から望んでいる。
「名もなきハラスメント」の終焉を、私は見届けたい。

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シラトリ チップをくれた方には割と本気でその人が幸せになるように祈ることにしています