世帯年収1,000万円でも家が買えない?――住宅価格から考える、日本の「所得と地域」の歪み【前編】
こんばんは、サイエンクリアです。
今回は少し科学から離れて、「住宅」について考えてみます。
先日、Yahoo!ニュースでこんな記事を読みました。
記事に登場するのは、東京都内で暮らす30代の共働き夫婦です。
夫の年収は約680万円、妻は約350万円。
世帯年収は約1,030万円あります。
現在の家賃は月15万円で、さらに毎月15万円以上をNISAや貯蓄に回しているとのこと。
決して浪費によって家計が苦しくなっている世帯ではありません。
むしろ、一般的に考えれば所得にも恵まれ、資産形成もしっかり行っている世帯でしょう。
しかし、夫婦が希望する中目黒周辺で庭付きの戸建てを探すと、価格は1億5,000万円~3億円程度。
一方、将来の子育てまで考え、夫婦が設定した現実的な購入予算は6,000万円程度でした。
結果として夫婦は住宅購入を急がず、当面は賃貸に住みながら資産形成を続ける方向へ傾いています。
もちろん、中目黒は東京都内でも特に住宅価格の高い地域です。
この一例だけをもって、
「世帯年収1,000万円でも日本では家が買えない」
と一般化するのは適切ではありません。
しかし私はこの記事を読んで、別のことが気になりました。
なぜ、仕事と高い所得が集まる場所では住宅がこれほど高くなり、住宅が安い地方では十分な所得を得られる仕事が少ないのでしょうか。
住宅価格。
所得。
子育て。
雇用。
地方創生。
一見すると別々の問題ですが、構造をたどっていくと、これらはかなり深いところでつながっています。
今回は「家が買えない」という身近な問題を入口に、住宅価格と所得、そして東京と地方の関係について考えてみます。
■住宅価格が上がること自体は、不自然ではない

まず整理しておきたいのは、
「住宅価格が上昇している=住宅会社が儲けすぎている」
という単純な話ではないということです。
住宅を一軒建てるためには、多くの資源が必要です。
木材、鉄鋼、コンクリート、ガラス、断熱材、住宅設備。
それらを運ぶための物流費。
建設機械を動かすエネルギー。
そして実際に住宅を建てる人の人件費。
インフレによってこれらの価格が上昇すれば、当然ながら住宅を建設するためのコストも上昇します。
さらに日本では、建設業の人手不足も進んでいます。
人件費や材料費が上昇している以上、
「昔と同じ価格で住宅を供給してください」
という要求にも限界があります。
むしろインフレ経済であれば、住宅価格がある程度上昇すること自体は自然な現象です。
では、何が問題なのでしょうか。
重要なのは住宅価格の絶対額ではなく、
住宅価格の上昇に対して、住宅を購入する人の所得がどれだけ増えているのか
という関係です。
仮に住宅価格が20%上昇しても、家計の所得も同じように増えていれば、住宅取得能力への影響は限定されます。
反対に、
住宅価格の上昇 > 所得の上昇
という状態が長く続けば、住宅は少しずつ家計から遠ざかっていきます。
■「借りられる金額」と「買える金額」は違う

住宅は、食品や日用品とは性質が大きく異なります。
数千万円という金額を、20年、30年、35年という長期間の所得を使って購入する商品だからです。
そのため、
「銀行が貸してくれるから買える」
とは限りません。
住宅を購入したあとも、生活は続きます。
結婚。
出産。
育児。
教育。
車の購入。
転職。
病気。
介護。
そして老後。
特にファミリー世帯では、住宅以外にも長期間にわたって多くのお金が必要になります。
冒頭の記事に登場した夫婦も、単純に金融機関から借りられる最大額を住宅予算にはしていません。
将来子どもを2人持つことなども考え、購入予算を6,000万円程度、毎月の返済額を17万円程度までと考えています。
これは単純に、
「世帯年収1,000万円でも家が買えない」
という話ではありません。
より正確に表現するなら、
「家族の生活を維持しながら合理的に購入できる住宅価格と、希望地域の市場価格が大きく乖離している」
という問題です。
■住宅を買うのは「年収」ではなく「可処分所得」

ここで、住宅取得についてもう少し考えてみます。
例えば同じ世帯年収1,000万円でも、
住宅費が高い世帯。
子どもが2人いる世帯。
親から住宅資金の援助を受けられる世帯。
教育費が大きい世帯。
自動車が必要な世帯。
それぞれ住宅に使える金額はまったく違います。
つまり、住宅取得能力を考えるうえで本当に重要なのは、単純な額面年収ではありません。
税金や社会保険料を払い、生活や子育てに必要な支出を行ったあと、
「住宅にどれだけのお金を回せるのか」
という可処分所得です。
ここまで考えると、住宅政策と子育て政策を完全に別々の問題として扱うことにも疑問が生まれます。
賃上げ。
児童手当。
子どもに対する税控除。
保育・教育支援。
住宅ローン減税。
住宅取得支援。
制度上は別々の政策でも、家計から見ればすべて同じ財布に入ってきます。
特に戸建てやファミリー向けマンションの主要な購入層の一つは、これから子どもを持つ、あるいはすでに子どもを育てている世帯です。
その層の可処分所得が住宅価格に追いつかなければ、住宅需要そのものが弱くなっていく可能性があります。
人件費や材料費の上昇によって住宅価格を簡単には下げられないのであれば、
住宅を必要とする世帯が、現実的に購入できる可処分所得をどう実現するのか。
こちら側から考える必要もあるでしょう。
■東京では「所得」がある。しかし家が高い

ここから少し視点を広げてみます。
日本全国の住宅が、中目黒のように1億円、2億円するわけではありません。
地方へ行けば、数千万円で十分な広さの戸建てを購入できる地域は数多くあります。
それなら、
「東京の住宅が高いなら、地方に住めばいい」
のでしょうか。
もちろん、話はそれほど単純ではありません。
東京には多くの高付加価値産業が集中しています。
企業の本社。
金融。
IT。
コンサルティング。
広告。
研究開発。
行政機関。
そして、それらを支える専門職。
仕事があるから人が集まる。
人が集まるから企業も集まる。
企業が集まることで、さらに新しい仕事が生まれる。
これは「集積の利益」と呼ばれる現象です。
そして人口が集中すれば、当然住宅需要も集中します。
高所得の仕事が集まる
↓
人が集まる
↓
住宅需要が増える
↓
土地価格が上がる
↓
住宅価格が上がる
という構造です。
その結果、
所得水準は高いが、住宅価格も極端に高い
という状況が生まれます。
冒頭の記事に登場した夫婦は、その構造の中にいるとも考えられます。
■地方では「家」が安い。しかし所得が弱い

では地方はどうでしょうか。
地方には東京にはない大きな強みがあります。
土地が安いことです。
同じ3,000万円、4,000万円を住宅に使うとしても、東京と地方では取得できる住宅の広さが大きく違います。
庭付きの戸建て。
広い駐車場。
子ども部屋。
短い通勤時間。
ファミリー世帯から見れば、かなり魅力的な条件です。
ところが地方には、別の問題があります。
十分な所得を得られる仕事の選択肢が少ない。
特に地方経済では中小企業の存在感が大きく、大企業と比較すると、継続的な賃上げを行う余力にも差があります。
物価が上がる。
原材料費が上がる。
エネルギー価格が上がる。
企業も価格転嫁を迫られる。
しかし、そこで働く人の給与が同じ速度で上昇しなければ、家計の購買力は低下します。
住宅価格が東京より安くても、所得も低ければ、
「安いから買える」
とは限りません。
すると、日本の住宅市場には非常に興味深い対比が見えてきます。
東京には仕事と所得がある。
しかし、住宅が高い。
一方で、
地方には安い土地と住宅がある。
しかし、十分な所得を得られる仕事が少ない。
どちらにも、ファミリー世帯が住宅を取得するうえでの障壁があります。
■「東京か地方か」という話ではない

ここで、
「東京は住みにくい」
「地方の方が豊かだ」
という単純な話にしてはいけません。
東京には、企業、大学、交通、医療、文化、娯楽などが高密度に集積しています。
それ自体に非常に大きな経済的価値があります。
一方、地方には公共交通、医療、教育、仕事の選択肢などに課題を抱えている地域もあります。
日本は島国であり、国土の多くを山地が占めています。
秋田、山形、鳥取、島根、高知など、地理的条件から巨大な経済圏を形成することが難しい地域もあります。
すべての地域を東京や大阪のような都市にすることなど現実的ではありません。
だから考えるべきなのは、
「東京と地方のどちらが優れているのか」
ではありません。
むしろ、
「なぜ仕事と所得がある場所では住宅が極端に高く、住宅が安い場所では十分な所得を得られる仕事が少ないのか」
という構造です。
■住宅問題を「住宅だけ」で考えてはいけない

ここで、最初の問いを思い出してみます。
「なぜ家が買えないのか?」
住宅価格だけを見れば、
材料費が高いから。
人件費が高いから。
土地が高いから。
金利が上昇したから。
という説明になります。
しかし、その原因をもう一段ずつたどっていくと、
住宅価格
↓
可処分所得
↓
賃金
↓
雇用
↓
企業立地
↓
人口集中
と、問題の範囲がどんどん広がっていきます。
住宅問題だと思っていたものが、実は雇用や人口配置の問題でもあることが分かります。
だから、住宅問題を住宅政策だけで解決しようとすると限界があります。
例えば住宅購入者に大規模な補助金を出したとします。
もちろん、購入者にとっては助けになります。
しかし、東京のようにもともと土地供給が限られ、住宅需要が非常に強い地域では、購入者の購買力を高めた分だけ住宅価格へ転嫁される可能性もあります。
一方、日本全体を見れば、土地そのものが不足しているわけではありません。
むしろ人口減少によって、空き家や利用されていない土地が増えている地域さえあります。
住宅を欲しい人がいる場所では土地が高すぎる。
土地が余っている場所では仕事が足りない。
これは住宅そのものの不足というより、
人・仕事・所得・土地の配置が、うまく噛み合っていない
とも考えられます。
■地方の「安い土地」は、本当に価値が低いのか

人口減少地域では、土地価格の低さはしばしば地域衰退の象徴として扱われます。
しかし、少し見方を変えてみます。
広い土地を安く利用できる。
住宅を安く建てられる。
工場を建設できる。
物流施設を建設できる。
大規模な設備を設置できる。
本来これは、明確な経済的資源です。
それでも人が集まらない最大の理由の一つが、
「そこで十分な所得を得られるのか」
という問題です。
もし地方でも一定水準以上の所得を得られ、キャリアを形成できるのであれば、土地や住宅価格の低さは一気に大きな競争力になります。
例えば、
東京:世帯年収1,000万円・住宅価格1億円
と、
地方:世帯年収800万円・住宅価格3,500万円
という二つの家計があったとします。
年収だけを比較すれば、東京の世帯の方が豊かに見えます。
しかし住宅費、通勤時間、子育て費用、そして金融資産形成に回せるお金まで考えたらどうでしょうか。
必ずしも、額面年収の高い世帯の方が豊かとは限りません。
「いくら稼いでいるか」ではなく、「その所得でどのような生活を構築できるのか」。
この視点で考えると、地方の土地や住宅価格の低さには、まだ大きな可能性が残されているように思います。
■では、「仕事そのもの」を動かせないのか?

ここで、今回の記事の最後の問いです。
これまで企業や働く人が都市へ集まってきた背景には、明確な合理性がありました。
会議をする。
書類を渡す。
顧客と会う。
設備を共有する。
情報を交換する。
人と人が物理的に近くにいること自体に、大きな経済的価値があったからです。
だから企業が集まり、その近くに人が住み、さらに企業が集まる。
東京一極集中にも、こうした「集積の利益」がありました。
しかし現在、その前提を変える技術が急速に発達しています。
テレワーク。
高速通信網。
クラウド。
生成AI。
自動化。
遠隔監視。
データセンター。
少なくとも一部の仕事では、
「働く場所」と「企業の中心地」が同じ場所でなければならない
という制約が弱くなっています。
さらに近年では、副首都構想や国家機能の分散についても議論されるようになりました。
もし民間企業だけでなく、
行政。
研究機関。
IT。
製造業。
データインフラ。
こうした機能を全国へ分散できるとしたらどうでしょうか。
地方の安い土地や住宅は、これまでとはまったく違う意味を持ち始めます。
■「家が買えない」から、日本の国土構造が見えてくる

今回は、
「世帯年収1,000万円を超えていても、希望する住宅を買えない」
という一つの記事から話を始めました。
しかし構造を一つずつたどっていくと、
住宅
↓
可処分所得
↓
賃金
↓
雇用
↓
企業立地
↓
人口移動
↓
東京一極集中
まで話がつながってきました。
住宅問題を考えていたはずが、いつの間にか日本の国土利用そのものの話になっています。
しかし、私はここが重要だと思っています。
一見すると別々に見える問題でも、構造をたどっていけば同じ原因へ行き着くことがあります。
そして原因がつながっているのであれば、対策もまた個別に考える必要はありません。
住宅、雇用、地方創生、人口、産業。
これらを一つの構造として考えることができるはずです。
では、人を「仕事のある場所」へ集め続けるのではなく、
仕事そのものを全国へ分散させることはできないのでしょうか。
そして、
「地方に住んでもらう」のではなく、「地方で暮らすことが経済的に合理的になる社会」
をつくることはできないのでしょうか。
次回の後編では、
副首都構想、国家機能の分散、AI・テレワーク、データセンター、工場誘致
などを手掛かりに、住宅問題からさらに視点を広げて、
「日本の人・仕事・土地を、どう配置すればよいのか」
を考えてみたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
参考資料
Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/22b296880fe2088591476c052cea62d5965bf51e
※本記事は上記記事を問題提起のきっかけとして使用し、住宅・所得・雇用・地域構造についてScienclear独自の視点から考察したものです。
Scienclearについて
Scienclear(サイエンクリア)では、身近な現象や科学・技術について、暗記ではなく「なぜそうなるのか?」を構造から理解することを大切にしています。
危険物取扱者試験の科学分野を中心に、物理・化学の基礎から実務につながる教材を制作しています。
また、本コラムでは科学だけに限定せず、社会、技術、教育、生活などについても、一つの現象だけを見るのではなく、その背景にある構造や因果関係を考える記事を発信しています。
▼自己紹介はこちら
▼初めての方はこちら
▼サイエンクリアの運営方針はこちら
▼危険物(科学)のロードマップはこちら
▼危険物(科学)教材の第一弾はこちら
いいなと思ったら応援しよう!
この活動は「暗記ではなく構造理解」で合格率を上げる教材作りに使っています。応援は図解の強化、誤解されやすい論点の補足、教材の精度向上に還元します。この記事は noteマネー にピックアップされました

