「倚りかからず」生きていけ
なんと潔い言葉の響きだろう。茨木のり子の「倚りかからず」の詩が心を掴んで放さない。
もはや
できあいの思想には
倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には
倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には
倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも
倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ
茨木のり子の詩はいつの時代も、まっすぐ突き刺す剣のように、
人の心を刺す。
上記のnoteで紹介した、『おんなのことば』をもう一度ここに載せて、その感性に触れてみたい。
時に夜があまりに暗く、照らす光がなくても
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい自分で守れ
ばかものよ
----茨木のり子「自分の感受性くらい」

茨木のり子は、1926年大阪に生まれた。第二次世界大戦敗戦の年には19歳。若い女性の視点から、戦中・戦後の実相をすくい取り、2006年に79歳で亡くなるまで、多数の叙情詩を創作した。
人間の生きかたについて示唆してくれる数少ない女性詩人として名を残し、
今もわたしたちの心に直接響いてくる力強さを持っている。

詩集「歳月」に込められた思い
茨木のり子の詩集「歳月」には、亡き夫への“恋文”が39編収められている。
歳月
真実を見きわめるのに
二十五年という歳月は短かったでしょうか
九十歳のあなたを想定してみる
八十歳のわたしを想定してみる
どちらかがぼけて
どちらかが疲れはて
あるいは二人ともそうなって
わけもわからず憎みあっている姿が
ちらっとよぎる
あるいはまた
ふんわりとした翁と媼になって
もう行きましょう と
互いに首を締めようとして
その力さえなく尻餅なんかついている姿
けれど
歳月だけではないでしょう
たった一日っきりの
稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの
先立たれた夫への思いをしたためた詩は、生前、編集者にも見せることなく書きためられ、亡くなった翌年に詩集「歳月」として刊行された。
親交のあった人々へのインタビューと残された日記からは、“恋文”にまつわる茨木のり子の新たな魅力が浮かびあがってくる。
占領
みんなには見えないらしいのです
わたくしのかたわらに あなたがいて
前よりも 烈しく
占領されてしまっているのが
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