辛かった仕事を辞めたときの話しをしよう
30年前、私は大阪市庁で正規公務員として働いていた。仕事は驚くほど平易であり、周囲の人々も善意に満ちていた。けれども、その穏やかな風景の中で、私は自分を含めた全員が「死んだ魚のような目」をしていることに気づかざるを得なかった。
いずれ私も、この淀んだ眼差しの一部になる。その予感は、ぼんやりとした恐怖として私を侵食していった。
週の初めである月曜と火曜をやり過ごすだけで、私の精神は摩耗し、その解決策として、毎週水曜日に有給休暇を消化した。幸いなことに、そこには使い切れないほどの休暇が積み上がっていた。ある時、上司から「百貨店の男性と付き合っているのか」と問われたことがある。頻繁な休暇の理由を、彼はそのような想像力で補完しようとした。笑えないような本当の話しだ。
当時の私は、株式投資に没頭していた。毎年手元に入る収益は、公務員の給与の20倍に達していた。経済的にはいつ辞めてもよかったが、現実はそれほど単純ではない。一人娘である私が「公務員」という安定と共にあることを、両親は何よりも喜び、満足していた。女が男と同等の収入を得るのは他ではほとんど不可能だった時代のことだ。体の弱い両親の、その静かな満足を壊してまで、自分の意思を通す勇気が当時の私にはなかった。
次第に私の内面は損なわれ、現実の境界線が曖昧になっていった。その「死んだ魚のような目」をした人々が並ぶ光景を毎日眺めているうちに、私の内側のシステムに決定的なエラーが生じ始めた。
最初は、視界の端に本来そこにあるはずのない色彩が混じる程度だった。あるいは、整然と並んだデスクの輪郭が、熱に浮かされたようにわずかに波打つ。それは恐怖というよりは、むしろ現実の解像度が物理的に落ちていくような、奇妙に冷めた感覚だった。
生きていたのではなく、ただ「死んでいなかった」に過ぎない日々。その空虚な沈黙を埋めるために、私の脳はありもしない風景を勝手に捏造し始めたのだろう。
幻覚は、心が壊れた叫びではなく、出口のない迷路の中で私の意識が座標を見失ったという、単なる事実の提示であった。
「これはやばい」という直感だけが、かろうじて私を現実の世界に繋ぎ止めていた。
今振り返れば、なぜあそこまで自分を追い詰めていたのかと不思議に思うが、当時は出口のない迷路を彷徨っているような感覚だった。私は生きていたのではなく、ただ、死んでいなかったに過ぎない。
定時に終わる仕事の裏側で、他のことに救いを求めた。広告コピーを書き、翻訳を行い、デザインを学んでいた。当時はまだ禁じられていた副業の領域に足を踏み入れるほど、私は本業以外の何かに没頭することで、辛うじて自己を繋ぎ止めていた。けれども、どれほど外の世界に手を伸ばしても、本業を本業と思えない空虚さは消えなかった。心は依然として、深い場所で死に絶えていた。
転機は、あまりに軽やかな言葉からもたらされた。派遣の英語教師として大阪市庁で働いていたアメリカ人の同僚に、ふと漏らした弱音。彼女は笑って言った。"Why don't you quit?"(辞めちゃえば?)。
その瞬間に私の視界を覆っていた霧が晴れた。そこからアメリカへ渡り、MBAを取得し、起業へと至る道筋については、以下の記事に記した通りだ。
人によって辛さの種類は様々だ。もっと別のことで、もっと辛い思いをしている人もいるだろう。けれども、辛さを通り抜ける時期は大切だと思う。
あの最も辛かった時期、幻覚を見ながらも立ち止まっていた時間は、決して無駄ではなかった。人によって辛さの形は異なるが、その辛さを辛さとして徹底的に引き受ける時期は、生命にとって不可欠なプロセスだ。
ずっと後になって気づくことだが、その暗闇の中で、細胞の内側には強靭な柱が築かれていた。それが私を、その後のあらゆる困難から支え続けている。自分では気づかないうちに築かれたその柱の存在を知るには、相応の時間が必要なのだ。
新刊『水になれる日まで』に込めた想い
今回、Kindleで出版した『水になれる日まで』は、まさにこの「公務員時代の静かな絶望」から始まった問いの記録だ。
かつて身動きが取れなくなったとき、私を救ったのは「水になる」という感覚だった。特定の形に固執することを捨て、障害物を迂回しながら、自分の重力に従って流れていく、そんな、流れる水。
今、もしキャリアの揺れや、言葉にできない違和感に苦しんでいる人がいるならば、伝えたい。それは失敗でもなければ、単なる通過点でもない。あなたの内側の炎が生きている証拠だ。
これからもずっと、静かに思考を深める時間を共有できれば嬉しい。
Kindle本『水になれる日まで:AI時代の沈黙と余白』
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