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mode___早時期賞 副賞 青空ちくわ様


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 その人は、盆暮れに帰ってくる。夏と冬に帰ってくる、なんて言ってやらない、あえて「盆暮れ」と表現したい。彼女は、盆には「女優帽」、暮れには白いファーのポンポンがついたニット帽を被っている。蓮っ葉に喋る癖に、清純気取ってて、嫌になる。その嫌さが持続しないことが、もっと嫌だ。
 無人駅の駅舎でベンチに座り、イヤホン越しにアブラゼミのじわじわじわじわを聴きながら、彼女を待つ。僕は自分が、鍋の中のメンチカツになったみたいな気分になる。もういいよ、もう十分揚がったんだから、早く僕をピックアップしてくれよ、と念じる。念が怒りに変わる寸前で、彼女は、丸目の青い軽自動車でやってくる。彼女のクラクションが聞こえても、僕はイヤホンを外さない。いや、助手席に座るまで外してやらない。
 彼女が「お待たせぇ」と気の抜けた声で言う。
「……別に」
 そう返した後、後悔した。冷房の風が額に当たり、汗が蒸発していくのが分かる。こんな顔で「別に待ってません」と言う時点で、手の内全てをさらけ出したようなものだ。
「また制服……私服で来てよ、私やばい大人みたいじゃん」
「別に、いいんじゃないですか。後ろめたいことなんてない。ただの、高校生の従弟可愛がりたい大人」
 私服で来たら、余計みじめになるって分かってる。
 僕は、紺色のハンカチで額の汗を拭いながら、彼女の女優帽が作る陰に、そっと右手を差し込む。僕も彼女も、何も言わない。ただいつもの場所に向かうだけ。

 彼女と――晏菜さんと会うようになったのは、一昨年の暮れだ。そう考えると、この……集まり、は、今日でまだ4回目だ。恒例だと思っているのは、僕だけかもしれない。でも、この4回の集まりの間に、8回も定期テストがあった。そんなもの、恒例としか呼べないだろう。

 高一の年末、今日みたいに駅舎のベンチに座っていたら、外でクラクションが鳴った。さっと音が鳴る方を見たら、青い軽自動車が停まっていた。エンジンをかけたまま、運転席の女性が「おーい」と呼びかけてきた。
「久しぶりぃ。覚えてる?」
 覚えてない。全然覚えてない。ただ、その笑顔があまりに屈託なかったから、僕は軽く会釈し、車のほうに寄って行った。
晏菜あんな。君の……えー、ひかるくんのお母さんの2番目のお姉ちゃんの次女」
「要は従姉ですか」
「要するにね。燿くんの高校の先輩でもある。パフェ好き? 食べに行こうよ」
 別に、特段パフェが好きなわけじゃない。ただ、駅舎は寒くて、晏菜さんの車から漏れ出す空気が暖かくて、晏菜さんの口紅が同級生たちみたいにテカテカしてなかったから、助手席に乗り込んだのだった。
 向かった先は海沿いのホテル街――だったらまぁ面白いんだろうが、ホテル街から500mも離れていない、純喫茶だった。
 パフェを待つ間、僕たちは名前の漢字を確認しあった。僕は、火へんに曜日の曜の右側で「ひかる」です、と、この8年間何度も繰り返したフレーズで伝えた。晏菜さんはスマホで変換し、なるほどね、と言った。
「お日様の日の下に安心の安で晏、あと菜っ葉の菜」
 菜の花の菜、っていえばいいのに、と思いながら、バッグの中、一番手近にあった数学のノートに「晏」と書いた。僕がノートにこの漢字を書くことは後にも先にもないかもしれない、と思ったとき、何故か顔がかっと熱くなった。
 僕たちは、名物の背の高いパフェをシェアした。クリームの山が僕たちの中に消えていく。食べ進めて、2人の食べる箇所が近くなるにつれて、僕は晏菜さんの顔を見ることが出来なくなっていった。
 なんでもない顔をして、誰それ先生はまだ居るのかとか、購買のパンがどうのとか、どうでもいい話題で安っぽく盛り上がった。

 今や僕たちの間に盛り上がりはない。話題を探す気遣いもない。もうそんな段階にはいないのだ。じゃあどんな段階かと問われれば、僕はそいつに逆質問して最悪の空気にする自信がある。どんな段階だと思うんだよ僕に聞いてんじゃねぇよこっちが聞きたいよ、と。
 この1年半、ひとつも変わらない純喫茶の、奥まった席に座る。いつもだったら、一人じゃ食べきれない量のチョコバナナパフェを、僕は西から、晏菜さんは東から食べる。でも今日僕は、パフェを拒んだ。
「プリンアラモードにします」
 晏菜さんは、ちょっと面食らったけれど、
「いーね。私も」
 と笑って、プリンアラモード2つと、ウインナーコーヒーとアイスティーを注文した。
「パフェじゃなくて良かったんですか」
「一人じゃ、食べきれないし」
 言ったっきり、相変わらず二人とも喋らない。女優帽を脱いだ晏菜さんの前髪は、汗で湿ってぺしゃんとして、全然きれいじゃない。
 冷房の効いた店内でプリンアラモードを待ちながら、僕はこれまで何度か考えたことを、また考えていた。「この人、僕とどうなりたいんだろう」。
 「どう」は、「春休みに帰ってくるようになったら、イチゴパフェを食べる気だろうか」という当たり障りのないものから、誰にも言いたくないたぐいのものまで様々で、その時々で落胆したり自己嫌悪したりした。
 とうとう運ばれてきたプリンアラモードは、地厚のガラス皿に、ボートの乗組員のようにプリンやクリームやフルーツが盛り付けられたものだった。パフェとは違って、ギリギリ一人で食べ切れそうなボリュームだ。
 固めのプリンにクリームをなすり付けて食べる。カラメルがちゃんと苦くて、缶詰のフルーツとそんなに相性が良くない。でも、どんどん食べられる。
「美味しー。このいかにも自家製なプリンがいいね。隠れた名品だったね」
「……そうですね」
 僕はアイスティーを飲みながら、自分の過ちに気が付いた。この店はプリンアラモードも美味いってことを、僕たちは知ってしまった。晏菜さんの、チョコバナナパフェを食べたいモードは、きっと今日終わった。つまりは、僕の「大きすぎるパフェ半分の処理係」という役目も、今日限りで終わる、ってことだ。

 晏菜さんが、途中で満腹になってしまえばいいのに。こんな豪勢な、メロンの飾り切りまで載ってるプリンアラモードにウィンナーコーヒーなんか合わせて、食べきれないだろ。残ったら、食べてやるから。スプーンで掬った跡の残ってるクリームもフルーツの汁混じる溶けたアイスクリームも全部、食べてやるから。僕の欲望をよそに、晏菜さんは、ガキみたく最後に残した赤いさくらんぼの種を吐き出した。
 スプーンを置いた晏菜さんはため息を吐く。
「ウィンナーコーヒーまではさすがにきつい」
 と言ったけど、そんなこと、最早どうでも良かった。パフェのモードは、今終わった。
 美味しかったね、プリンアラモード選んでくれてありがとう、と言われた。正面から彼女を見据え、右の口角を上げ、
「別に」
 と、そう言ったら、ちょっと間が空いたあと、
「いー顔になったね」
 と言われた。
 できるだけ素早く立ち上がり、ふたつの、プリンアラモードの載っていたグラス乗り越えて、両肩掴んでやろうかと思った。思っただけ。

 店を出て、僕たちは青い車に乗り込む。走り出した車は、いつも通り僕の家、には向かわず、ホテル街にも向かわず、海の方に向かって走り出す。
 いつものルートを逸脱しているけれど、今の彼女は、海見たいモード。ただそれだけ。それだけなのに、やけくそに僕は口を滑らせた。
「冬は、何食べる」
「冬は受験生でしょ、連れ回しちゃ」
「今だって受験生だ」
 晏菜さんは少しおいて、いいね、すごくいい、と言う。
「むかつく女だ」
 僕は生まれて初めて、女性を「女」呼ばわりした。むかつく女は、声上げて笑う。もう、次何食べるかなんて関係ない。助手席の窓の外、清潔な青空を睨みながら、僕は冬までに全力でいけすかない男になってやると決めた。右頬をエアコンの冷気が、気利かせたふうに冷やす。憎たらしい車は、もうすぐ海に着く。











 本作品は、本田すのうさん主催の企画「マスクド☆note」にて、早時期の作品を見破ってくださった青空ちくわさんへ贈るものです。
(ゲームマスターの覆面ぶりが凄すぎた。JOKERみたいな高笑いしてほしい)

 ……どうですかね。
 最初、ちくわさんの分はドが付くほど爽やかな話にしようと思ってました。青く茂った木に登らせたろか的な。
 でも、何なんでしょうね。どこでこうなったんでしょうね。
 たぶん「母の家出とガールフレンドの憂鬱」を思い出し、あの爽やかさをお借りしつつ、内心では煩悩爆発しそうな男の子書けないかなって思ったんでしょう。
 高校生にパフェを奢る、都会から帰省してくるお姉さんというシチュエーションは、いつか書きたいなという気持ちがあったので、この機会に書いてみました。
 ちくわさん、表面上は何もいかがわしいことは起こしてないので、許してくれますか。

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早時期仮名子*みもすそ文庫 もっといい小説を書きます!