#0007:喫煙者の権利と果たすべき義務
私は喫煙者である。
それも、30代に入ってから喫煙を始めた人間である。
子供のころあんなに嫌っていた煙を、ある日突然自らの意志で吸い始める、という自己矛盾に満ちた選択をした。
最初は週末に1本だけ吸っていた。
当然、身体が慣れていないので多量の汗が噴き出した。
身体が「これは有毒だ」と認識し、体外へ排出しようと反応したのだろう。
それが今や1日に20本以上吸う人間になった。
ヘビースモーカーというよりはチェーンスモーカーで、
喫煙を続けているとやはり多少汗が出てくるのは変わらない。
このように、タバコに含まれている物質は「身体にとっては有害」である。
肺にタール成分が沈着して呼吸器が弱っていき、すぐ息切れするのも自覚している。
身体に取り込んだニコチン成分を体外に排出しようとする反応も自然と発生する。
血管についても動脈硬化が進行しやすい、というのは周知の事実である。
それでも私が喫煙を続ける理由は「精神にとっては有益」だったからだ。
私は、休憩の取り方が上手ではない。
デスクの前で休憩時間に入ったとしても、
どうせ目の前にPCがあるのだから、という理由で仕事をしてしまう。
それでは休憩にはなっていない。
本来の休憩時間ではなくとも、意図的に喫煙する時間を設けるようにしている。
仕事の途中で喫煙所へ向かい、ゴォーっという換気扇の音が響く環境で、静かに頭の中を整理する。
結局、頭の中は仕事のことでいっぱいなのだが、実際にPCを使用して業務を進める状況にはならない。
「一服したらどのように業務を進めるか」という情報/状況整理ができるため、私の場合は、結果として喫煙後の生産性が向上する傾向にある。
業務の遂行状況が計画以上に前倒しできていれば、
休憩時間外に離席していたとしても職場は文句を言わない。
そういった一定の理解がある職場環境・人間関係に恵まれている。
これがまたありがたい話だと思っている。
不思議なことに人間関係も改善した。
喫煙室は「喫煙者同士のコミュニティ」のような雰囲気があり、
仕事だけでなくプライベートな情報のやりとりも生じやすい。
喫煙所で大まかな業務遂行方針が決まることもあれば、
一人で抱えていた悩みを相談したらその場で解決した、ということもある。
仕事の現場では鬼のように恐ろしく厳格な顧客が、
喫煙所では仏のように柔和に会話を弾ませてくれることもある。
どうやら喫煙所は「本音が出る場所」のようだ。
酒宴の席とは異なり、正気を失った状態ではなく、
正気のままで本音が言いやすい環境なのだと思う。
日本国内では「健康増進法」という法律が施行されている。
タバコの外箱に記載されている文字にも、この法律の名前が出てくる。
健康増進、栄養改善、疾病予防、健康寿命の延伸などを目的としているようだ。
その意図は理解できる。身体が健康であることはあらゆる活動の基本であるし、納得もしている。
法改正時に、受動喫煙防止対策として、規制や罰則が設けられたのも致し方ない。
駅やホテル、レストランはもちろん、喫茶店からも喫煙可能なエリアが少しずつ消えている。
それだけルールを守らない人が存在するということだ。
受動喫煙には私も断固反対である。
しかしながら「喫煙者排除」の方向に傾きすぎてはいないだろうか。
私は「喫煙」という行為について、下記のように考えている。
・喫煙は身体的には有毒である
・一方で、精神的には有益な側面もある
・両者はトレードオフの関係になっている
・どちらを選択するかは個人の自由という権利である
・受動喫煙防止は喫煙者の果たすべき義務であり責任である
「喫煙できる場所を限定しよう」という方針であれば、私からは文句はない。むしろ賛成である。
路上でもバスでも電車内でも飛行機内でも、どこでも喫煙できた昔が異常だっただけである。
喫煙可能なエリアを別に設け、それ以外のエリアで制限するのは当たり前である。
(路上で歩きながら喫煙していた猛者は、どれほど強靭な喉と肺を持っていたのか気になる)
ただし、もし下記のような方針であるならば、話は別である。
・喫煙可能エリアも喫煙者の数も減らそう
・タバコ葉の生産、タバコの製造数も減らしていこう
・最終的に「タバコ」を無くしてしまおう
この方針の場合、下記の4点が全く議論されていないように見える。
・タバコ葉を生産している農家の生活をどう保証していくのか
・タバコを製造している工場の工員の生活をどう保証していくのか
・タバコを販売している企業/組織/店舗への補填はどう進めるのか
・「喫煙する権利」をどのような法的根拠で個人から剝奪するのか
従って、この方針で進んでいくようであれば私は賛成できない。
現代ではマイノリティーとなった喫煙者側にも、声を上げる権利はあるのだ。
