あの日の「やらされ仕事」、じつは仕込み中なんじゃないか?
こんにちは、トートです。
今日は「嫌いだった仕事」の話をします。
結論から言うと、あの頃必死に続けた経験が、
10年以上経った今、じわじわと自分の武器になっています。
あの頃、本当に嫌だった
新人の頃、取引のない企業をひたすら回り続ける毎日でした。
飛び込み営業もたくさんありました。
テレアポも、毎日何十件もこなしていました。
相手にしてもらえないのが当たり前。
「お断りします」の一言で電話が切れる。
訪問しても、受付で追い返される。
正直に言います。
「こんな仕事、意味あるの?」
そう思わない日は、一日もなかったです。
隣の同期は、もっとやりがいのある仕事をしていた。
自分だけがなぜか、この単純作業をずっとやらされている。
そんな気持ちが、ずっと胸の底にありました。
やめたかったけど、やめられなかった
「もうやめたい」と思ったことは、何度もあります。
でも、やめられなかった。
理由は単純で、「今やめたら何も持っていない」という怖さがあったから。
実力もない。実績もない。
手ぶらのまま逃げ出しても、行き場がない。
だから続けていました。
「やりたくてやっている」では、全然なかった。
ただ、後に引けなかっただけです。
10年後、ふと気づいた
いつからか、初めて会うお客さまの前でも、緊張しなくなっていました。
むしろ、商談の前日が楽しみになっていた。
理由は、準備をするようになったからです。
相手の会社のニュースを調べる。
決算情報を読み込む。
「この会社は今、何を課題にしているのか」を頭に入れてから席に着く。
そうすると、会話に広がりが生まれるんです。
「最近、新事業に力を入れてますよね」と一言言えるだけで、相手の表情が変わる。
「そうなんだよ、実はね」と、向こうから話してくれる。
気づけば、初対面の相手から自然と本音を引き出せるようになっていました。
で、思ったんです。
「これ、全部あの頃に鍛えられたやつだ」と。
何度断られても次の一件に進んでいた経験。
相手が不機嫌でも、怯まず話し続けた時間。
「どうすれば相手の心を開けるか」をひたすら考え続けた日々。
あれが、人に向き合う力の土台になっていた。
嫌いだった仕事が、気づかないうちに自分の武器になっていたんです。
「やらされ感」の中にあったもの
ここで、正直に書きます。
当時の私には、「自分で仕事を創っている」という感覚が、全くなかった。
言われたことをこなす。
割り振られた業務を終わらせる。
それだけでした。
「仕事を自分のものにする」という発想が、持てなかったんです。
ずっとそれが悔しかった。
でも今思うと、「やらされ感」の中にいた時間も、決して無駄じゃなかった。
土台を仕込んでいた時期だったと、今はそう見えます。
料理に例えるなら、あの頃は「仕込み」をしていた。
食材に味がしみ込むのに時間がかかるように、
経験が自分に染み込むのにも、時間がかかる。
仕込みの最中は、何も変わっていないように見える。
でも確実に、何かが積み上がっている。
「自分で動く力」は、やらされ続けた日々の中で、
静かに育っていたんだと思います。
嫌な経験の「賞味期限」は、意外と長い
出来事そのものは変わりません。
あの頃の辛さも、理不尽な感情も、消えるわけじゃない。
でも、見え方が変わる瞬間があります。
「嫌だった」が「あれが必要だった」に変わる日が、ある。
嫌な経験には、賞味期限がないんです。
10年後でも、ふとした瞬間に「あの時のおかげだ」と気づくことがある。
人生は、後から意味がついてくる。
そんなふうに最近、思っています。
今、しんどい仕事をしているあなたへ
「この仕事、意味あるのかな」と感じていませんか?
「こんなことをしていて、将来何の役に立つんだろう」と思っていませんか?
今はまだ、わからなくていいと思います。
意味は、後からやってきます。
今は「素材を仕込んでいる時期」だと思って、続けてみてください。
10年後の自分が、
「あれがあったから今がある」と気づく日が来るはずです。
ぜひ一度、そんな目で今の仕事を見てみてください。
では、また!
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