第4話:焼き鳥屋の直球と絡まる視線 恋はペンタゴン
代々木の小さな焼き鳥屋は、炭火の煙とビールの泡が織りなす喧騒の中で、ひっそりと二人の時間を包んでいた。ビールの泡越しに歓談する声が遠くに聞こえてくる。
カウンターに並ぶまさきと片山マリオ、通称・塊(かい)。
串から漂う香ばしい匂いと、塊の無邪気な笑顔に、まさきは少しリラックスしていた。やっぱり焼き鳥はいいな。初対面でも気負わずにいける。
そして、雰囲気がいいのは店だけではない、塊もぁった。
この子、見た目は華奢だけど、なんか…居心地いいな。
そんなことを考えながら、まさきはつくねを頬張る。爽やかに。
だが、塊の目は違う熱を帯びていた。
まさきの整った顔――外銀仕込みのシャープな目元、さりげなく筋肉が浮く腕、noteで繰り出される官能的かつ実践的な恋愛ノウハウを生み出す頭脳。その全てに、塊は小さな感動を覚えていた。
この人は、なんでこんなに…魅力的で、
鈍感なんだ?
図書館での静かな時間から、焼き鳥屋のこの瞬間まで、塊の心はどんどんまさきに傾いていた。
塊はビールのグラスを置き、じっとまさきを見つめる。
カウンターの明かりが、彼のショートカットの少しカールした優しい髪に柔らかい光を反射させる。黒髪が少し潤んで見えるのは酔っ払ったせいか、まさきの色気のせいかわからない。
意を決したように、塊が口を開いた。
「まさきさん。僕、好きな人にしかこの店教えないんですよ。意味、伝わります?」
まさきは、つくねを咀嚼しながらキョトンとする。全くわかっていないという顔である。いわゆる、鳩が豆鉄砲を食ったよう、または、アホヅラである。
好きな人? 店?
彼の脳内は、いつもの「恋愛マニュアル」モードで処理を始める。
ああ、友達として気に入ってくれてるってことだな! よし、極めて明るく、ポジティブに応えよう。
「はは、俺も塊好きだよ! だって、綺麗な文章書く上に、本のセンスもいい、めっちゃいい奴じゃん!」
まさきは豪快に笑い、塊の肩をポンと叩く。ビールでほのかに赤い顔が、ますます楽しげだ。夏休みのプールで疲れるまで泳ぎ、帰宅してスイカを食べて満足した小学生みたいな顔している。
だが、その様子に、塊の心は…イライラの波が押し寄せていた。
鈍感の極み!!!
好きだよ、って…友人とか、そういう意味じゃないよ! !
なんで気づかないの、この人は!!
塊の小さな体からふりおろされた拳が、カウンターをギュッと握る。
このままじゃ…一生ともだちコースだ。
そんなつもりで、この店で飲もうとした訳じゃない。
唇奪って、魂という名前の塊をぶち込んじゃおうか?いやがオウにも気持ちを受け取ってもらうために。
一瞬、そんな衝動が頭をよぎる。
だが、グッと抑え、深呼吸。もう一度、まさきの目を見つめる。真剣な声で、ゆっくりと言った。
「まさきさん。きちんと向き合ってください。このあと、僕と過ごすか。…それとも、今日はここまでにするか。」
まさきは、串を持ったまま固まった。
塊の声には、先ほどの軽快さがなく、どこか切実な響きがあった。え、なになに? 急にどうした?
まさきは全然理解できない。当然だ。
今までこんか剥き出しの好意を、同性から受け取った事がない、あるいはもし受け取っていても、今回みたいに気づかないでスルーしてきたから。スルーを許さない雰囲気を感じ取り、なんとか口を開く。
「え、2軒目のお店の話…じゃないよね?」
まさきの声が、珍しく少し震える。
塊は静かに首を振る。
「そうじゃないですね。」
刹那、テーブルの下で、塊の手がそっとまさきの手を握った。
華奢な指とは思えない力強さ。まさきの心臓が、ドクンと跳ねる。
塊の目は真っ直ぐで、ビー玉みたいに澄んでいた。あぁ、今まで綺麗なものをたくさん見てきた人の目だ、とまさきは悟った。その視線は、まるで心の奥まで見透かすようだった。
二人の視線が絡まる。
焼き鳥屋の喧騒が遠のき、カウンターの狭い空間が、まるで二人だけの世界になる。
「塊…?」
まさきの声は、いつもより小さかった。握られた手の温かさに、初めての剥き出しの痛々しい気持ちたちに、頭が真っ白になる。
待て、これは…あの「法則12:物理的接触で心の距離を縮める」か!? いや、
でも…
男だろ!?
だが、塊の真剣な表情と、指先から伝わる熱に、いつもの冷静な金融コンサル脳が機能しない。電卓頑張れよ、何度も仕事で俺を救ってきた脳内の万能電卓に話しかけるも無反応。
「まさきさん。僕、冗談で言ってるんじゃないんです。」
塊の声は静かだが、力強い。
「今日は、僕にとって人生の中でも大事な日になるかもしれない。…まさきさん次第ですけど。」
まさきはゴクリと唾を飲む。
塊の手は離れない。視線も。
恋愛マニュアルの著者であるはずの自分が、こんな展開にまったく準備できていないなんて。 いい奴ってなんだよ、自分、視野狭すぎだろ...反省なのかワクワクなのか名前をつけられない感情が押し寄せてくる。
焼き鳥屋の提灯が、二人を柔らかく照らす中、まさきの心は角が5つある、まるでペンタゴンのように複雑に揺れ動いていた。
続く
