恋はペンタゴン 第3話:図書館の静寂と焼き鳥の誘い
まさきの頭はまだ軽いパニック状態だった。
目の前にいる「まり」こと片山マリオ、通称・塊(かい)は、華奢な見た目とは裏腹に「ぶち込む」発言でまさきの心を軽くノックアウトしていた。
俺の心のポートフォリオが...。また...。やめてくれ...。
だが、その無邪気な笑顔とウサギのような雰囲気(実写アイコン通り!)に、逃走スイッチを押す手が止まる。まさきは深呼吸し、自分を落ち着けた。
落ち着け、俺は外銀卒、178cm 75kg、スタイル抜群の金融コンサルだ。
どんな局面も乗り切れる。
いつもビジネスでは、乗り切ってきたじゃないか。
塊は、まさきの動揺をよそに、キラキラした目でじっと彼を見つめる。
「ねえ、まさきさん。東京都立図書館、行きませんか? 広尾の。あの立地も中も大好きなんです!」
時刻は午後3時。まさきのカレンダーは、甥っ子の悠斗を妹に預けたおかげで夜までぽっかり空いている。
断る理由が見つからない。
いや、そもそもこの小柄なエッセイスト(?)に危険な雰囲気はない。…多分。多分。いざとなれば俺の得意技、【逃走】を使おう。
「図書館、いいね。行こうか!」
まさきは「これ、女の子に向ける笑顔」と思いながら、軽く笑ってみせ、内心で自分に言い聞かせる。これはただの情報交換だ。美女じゃなくても、面白い話ができればそれでいい。塊はわるいやつじゃない、多分。
広尾の東京都立図書館は、ガラス張りのモダンな外観と静謐な空気が漂う場所だった。
まさきと塊は並んでエントランスをくぐり、思い思いに本を選び始めた。
まさきは最近取引が始まったシリコンバレーの医療系スタートアップに関する本を手に取る。『AIと医療の未来』――仕事の匂いがする一冊だ。
一方、塊は現代作家の詩集コーナーで目を輝かせ、薄い本を数冊抱えている。
谷川俊太郎の詩集と、誰とも知れない新進気鋭の詩人の本。『ふーん。なかなかいい趣味だな』とまさきは感心する。
二人は静かな閲覧コーナーに並んで座った。
窓から差し込む午後の光が、テーブルの上に柔らかい影を作る。
まさきは本を開きつつ、横目で塊をチラリ。ショートカットの髪が光に透け、細い指でページをめくる姿は、まるでカフェでエッセイを書く文系女子そのもの。
「いや、待て。男だ。男!
ま、り、お!」
まさきは自分に言い聞かせるが、なぜかこの静かな時間が…心地よい。
塊がふと顔を上げ、まさきの視線に気づく。ニコッと笑い、囁くような声で話しかけてきた。
「まさきさん、めっちゃ集中して読んでるんですね。カッコいいっす。」
「ん? いや、ただの仕事の延長だよ。塊は詩、好きなんだ?」
まさきは無難に返すが、なぜか心臓が少しドキリとする。「なんでだよ、ただの会話だろ!」
「うん、言葉ってさ、明確じゃないからこそ心に刺さる瞬間があるじゃん? そういう
余白。
大事にしてて。
まさきさんのnoteも、なんかそういう…心を掴む感じ、ありますよね。」
塊の目は真っ直ぐで、ちょっと照れたような笑顔が妙に眩しい。まさきは咳払いし、「まぁ、ビジネスライクに書いただけだけどな」と誤魔化す。
しばらくの沈黙。ページをめくる音だけが響く。すると、塊が少し身を乗り出し、思い切ったように声を上げた。
「ねえ、まさきさん。代々木なんすけど、俺のいきつけの焼き鳥屋があるんです。めっちゃ美味いんすよ。…行ってみません?」
その瞬間、塊の声にはどこかドキドキするような響きがあった。だが、まさきはそれが「愛の言葉」だとは夢にも思わず、軽いノリで答えてしまった。
「焼き鳥? いいね、行こう! 腹減ってきたし!」
塊の顔がパッと明るくなる。
「マジすか! やった! じゃ、閉館まであとちょっとだから、それまで読書して移動しましょ!」
まさきは塊の笑顔に釣られ、つい頷いてしまう。
「焼き鳥くらい、ただのメシだろ。高い店でもなさそうだし。
これは、ほら、noteビジネスの打ち合わせの延長、だよな?」だが、どこかで小さな違和感がチクリと刺さる。
この軽快な展開、まるで自分の「恋愛マニュアル」に書いてある「心の距離を縮めるステップ1:カジュアルな誘い」にハマってる気が…。
代々木の焼き鳥屋は、路地裏にひっそりと佇む小さな店だった。提灯の明かりと、炭火の香ばしい匂いが漂う。カウンター席に並んで座った二人は、ビールで乾杯。塊は目をキラキラさせながら、串を手に語る。
「この店のつくね、ヤバいんですよ。まさきさん、絶対ハマるって!」
「へえ、楽しみだな。塊、こういう店よく知ってるんだな。」
まさきはビールを飲みながら、塊の意外な一面に少し感心する。詩集を読む文系男子が、焼き鳥屋の常連とは。ギャップが…なんか、悪くない。
「まさきさんって、ほんとカッコいいですよね。Xのポストも、noteも、なんか…こう、グッとくるんです。俺、実はめっちゃファンで。」
塊が串を置いて、ちょっと頬を赤らめながら言う。まさきは一瞬ビールを噴きそうになる。
ファン!? いや、待て、ただの褒め言葉だろ。多分。
「はは、ありがと。塊のエッセイも、読んでみたいな。Xでポストしてるやつ、ほんと詩的だもんな。」
まさきは無難に返しつつ、内心で動揺を隠す。だが、塊が次の串を手にしながら、ふと言った言葉に、まさきの心が揺れた。
「まさきさんって、恋愛マニュアル書いてるけど…本当の恋って、どんなのだと思います?」
その質問は、まさきの「法則36」を超える、予期せぬ角度からの直球だった。
