第5話:紙ナプキンに手書きの詩 恋はペンタゴン
代々木の焼き鳥屋のカウンターは、炭火の煙と二人の沈黙が漂う小さな宇宙、カオスだった。人生初の同性からの真っ直ぐな感情にどうしたらいいかわからない恋愛noteの著者、まさき。俺って意外に、いや、見た目通り、か、鈍感だったんだな。と心の中でひとりごちる。
まさきの手を握る塊(かい)の指は、華奢な見た目とは裏腹に熱を帯び、まさきの心を静かに揺さぶっていた。おいおい、こんな展開もこんな感情も生まれて初めてだぞ。
だが、まさきの鈍感さは、まるで鉄壁のファイアウォール。ATフィールド全開。何かしらの感情は受信してるようだがいかんせん響いてこない。
塊の真剣な言葉――「このあと、僕と過ごすか。今日はここまでにするか」――にすら、
2軒目のお店のハナシじゃないよね?
と返してしまう始末。
塊の心は、真夏の太陽の下の車のバンパーくらい、じりじりと焦げそうだった。
この人、なんでこんなに…鈍いんだ!
女性相手だとあんな細やかなのに!noteの人と本当に同一人物かな?あるいは僕が、ケムに巻かれているだけ?
塊は内心で叫びながら、まさきの整った顔を見つめる。カールした黒髪が悔しいが愛おしい。
外銀仕込みのシャープな目元、ビールでほのかに赤い頬、noteで繰り出す官能的かつ実践的な恋愛ノウハウ。
あの頭脳が、こんな場面で、まるで機能しないなんて。
ポンコツすぎるだろ。信じられない。塊の我慢は、とうとう限界に達した。
「まさきさん。」
塊は手を離し、カウンターに置かれた紙ナプキンを手に取る。ペンはいつも持ち歩いている。エッセイストだから。
焼き鳥の脂で少し汚れたそのナプキンに、ボールペンを滑らせ、想いを綴り始めた。今、今しか書けない。今伝えたい。
そんな塊の様子を見て、まさきはキョトンとして見守る。
塊の細い指が、素早く、しかし丁寧に文字を刻む。
書き終えると、ナプキンをそっとまさきに差し出した。そこには、こんな言葉が並んでいた。
焼き鳥の、串。
串の真ん中にある棒が
淫美に感じるのは
隣に君の笑顔があるせい

まさきはナプキンを手に、じっと文字を追う。3周目で塊の方をじっと見る。
目が合った塊は、静かに、そして残念を滲ませながら、力無く笑う。
「これを読んでも、もし、茶化したり、誤魔化すような人なら…僕の見当違いかな。」
その声には、どこか諦めと期待が混ざった響きがあった。
それを聞いて、今まで受け取り拒否状態、もとい混乱状態だったまさきの心臓が、ドクンと跳ねる。
淫美? 笑顔? え、俺のこと!?
だが、恋愛マニュアルの著者たるまさきの脳は、詩の解釈で盛大にフリーズ。
金融コンサルならではのロジカルな思考が、こんなとき役に立たないなんて!
こんなに頭回らないなら、俺、今、この場でFP1級返上しなきゃダメ???誰か教えて!!!
「…ごめん、俺、上位私大の経済学科だけど、数学入試でさ。
文系からっきしダメで…国語毎回赤点だったの。
恥ずかしいんだけどさ。
正直、わからないんだ。」
まさきはナプキンを握りしめ、苦笑いしながら続ける。
「でも、なんか…塊っていいな、くらいじゃダメかな?今は」
塊の目が、一瞬だけ大きく見開かれる。
いいな、だって!? それだけ!?
感性、どうした?!感受性は?!
内心の苛立ちがピークに達しそうになるが、まさきのバツの悪そうな顔と、
どこか純粋なその答えに、塊は思わず吹き出しそうになる。
この人、マジで…鈍感すぎるけど、
そこがポンコツ可愛くて、そう、憎めない…!こういう人を愛されキャラっていうんだろうな。僕とは全く違う人種だわ、だから惹かれたんだけど。
「…今日のところは、それで勘弁してあげます。」
次は絶対、泣かせます、し、好きにさせてみせます。
覚悟してくださいね。」
塊は無理やり笑顔を作り、煮え切らない表情でまさきを見つめた。
カウンターの明かりが、塊のショートカットの髪に柔らかい影を落とす。
だが、その目は虎視眈々と次を狙い、まだ諦めていない。
この人は、きっと気づく。
真実の想いに、愛に。願わくば、僕からの想いに、1番に気づいてほしい。
まさきはナプキンをポケットにしまい、ビールを一口飲んで、熱い視線を誤魔化す。本気の視線を受けると喉が渇くんだな、なんて思いながら。
詩、か。
なんか…ドキッとしたけど、俺、同性にこんな気持ち、あり得ないよな?今まで女性としかお付き合いしてこなかったし、街で声をかけたりかけられたりするのも女性。俺vs女性の世界構造がここ数日でガラガラと音を立てて壊れていくのを感じる。良いな。それ。コンフォートゾーンから抜け出すのは外資時代に学んだ事。心地いい。
塊の真剣な視線と、ナプキンに綴られた「君の笑顔」という言葉が、頭の中でリフレインする。
「次の串、おまち!」
店員の声で二人の沈黙が破られる。塊は笑顔を取り戻し、つくねを手に取る。
「まさきさん、このつくね、ほんとヤバいっすよ。生卵と一緒に、さ、食べて食べて!」
まさきは、塊の明るい声に釣られて笑う。だが、ポケットの中のナプキンが、紙だから重量は無いはずが、なぜか妙にズシンと重く感じられた。
