noteに求めてるのは、ジェットコースターではない。
noteをいつまで続けるのか?
マイトンさんのこちらの記事を読んで、語りたくなった。
(途中から、有料の記事です。)
いつまで続けるのか?と聴いて、そうだった。やめるという選択肢もあったのだったと気がついた。今noteの街でいっしょにいる人達も、いつかはnoteを卒業するときがくるのかもしれない。
noteは、数字がつきまとう。スキの数字、フォロワー数、コメント数、ビュー数、売り上げ。
思うように伸びなかった人は、まだ想像がつくが、伸びている人でさえ、疲弊してやめていく可能性がある。
noteには、交流がつきまとう。気にせずに書いてますと言ったって、完全にひとりではない。完全にひとりがよければ、非公開の設定ができるSNSを選択するだろう。まわりと比べ、ひとりきりの孤独がつらくなる人もいれば、交流疲れで離れる人もいる。
なんだかんだで、note歴7年目のわたし。今では、noteでおばあちゃんになっても続く絆を✨なんて書いてるけど、5年間は、ほぼ誰のnoteも読まずに書くことだけをしていた。交流しようと向き合ったのは、1年前、書く部のメンバーシップに入ると覚悟を決めたから。
なぜ覚悟を決めたかといえば、その頃唯一、交流をしていた神崎さやかさん。そして、レモンさんが書く部のメンバーの一員だったから。この2人がいるメンバーシップなら入ってみたい。noteで違う世界を覗いてみたいと勇気を出した。
その結果、この1年でnoteでの交流は深く広がり、楽しいものに変わった。熱量が上がった。noteの街に訪れない日がなくなった。
楽しい反面、怖いと思う自分がいる。
楽しすぎる程の熱量は、冷める可能性をもっている。お別れが待っている。そんな経験をイヤというほどしてるから。楽しくなりすぎると突然に飽きてしまうのではないか。疲れてしまうんじゃないかと考えたりする。
わたしがnoteに求めてるのは、ジェットコースターではない。生活の基盤。畑のようなものだ。耕して、いろんな種を植えて、成長を見守って、収穫して。
豪雨や、温度変化でうまく作物が育たなくても、いっしょに何とかしのげる。わかちあえる。そんな仲間たちといっしょに。
いつか、note以外のところに種を撒きたいと思う日がくるんだろうか。
noteの画面がいきなり白じゃなくなったら考えちゃうかもね。
noteに広告がバンバン入るようになったら引っ越しちゃうかも。
でも、できれば30年後も同じようにnoteの街で、何かを収穫していたいな。今はそう思う。
マイトンさんは、書く部のメンバーではないけれど、いっしょに畑を耕している仲間だと勝手に思っています。書く部のみならず、企画や、様々な出逢いで、わたしとつながって交流してくださっているみなさまに感謝。しあわせです💛
