見出し画像

【スタッフインタビュー】「良い人材を確保するために」山賀敦之が明かす『ぶっちゃけリクルート論』(前編)

こんにちは!
川越狭山セコムラガッツ広報の滝沢です。

ラグビーは1チーム15人が同時にピッチに立ち、球技の中では最もプレイヤーが多いスポーツです。

ポジションも10種類あり、サッカーや野球などと比べて選手一人ひとりの体格や役割の違いが非常にハッキリしています。

ラガッツには、51名の選手が所属しており(7/23現在)、
そのほぼすべての選手のリクルートを担当したのが今回お話をうかがった
リクルートマネージャーの「山賀敦之」(やまが あつし)さんです。

ラグビー界では知る人ぞ知る、強烈な個性を持つ山賀さん。

そんな山賀さんにラグビーチームのリクルーターとしての仕事のあれこれを聞いてきました。

前編では『山賀さんのプロフィール』と『リクルートのお仕事内容』についてお聞きしました!ぜひ最後までお読みください!


1、山賀敦之という人物(割愛版)


滝沢:山さん、今日はよろしくお願いいたします!まず簡単に自己紹介をお願いいたします!

山賀:はい!お願いします!生まれからでいいですかね?生まれは埼玉県の浦和ですね。浦和といえばめちゃくちゃサッカーが有名な街で、もちろん私の入った小学校も全員サッカー少年でした。もうこれは半強制的です(笑)。私は実はちびっこ相撲をやっていたんですけど、やっぱり5年生からはサッカー少年団に入りました。入らないと仲間外れ扱いになっちゃう環境だったんです。

▲七五三の時の山賀さん(貴重です☆)

中学はマンモス校で、1学年12クラス、全校生徒1,500人くらいいる公立の東浦和中学校という、埼玉でも大きな中学でした。中学時代は一応剣道部に在籍していましたが、いわゆる「帰宅部」でした。卒業アルバムも防具をつけないでジャージ姿で写っています。練習に行っていないから道着が着られなくて、体育着のジャージ姿なんです。

高校は本当は浦和の学区内でラグビー部がある「浦和高校」に行きたかったんですけど、あそこは偏差値が日本トップクラスなので到底無理で(笑)、すぐに諦めました。それで、少し学区は離れるのですが、「朝霞西高校」を選びました。クラスは男子が10数人で女子が30人くらい。それに惹かれて選んだのですが(笑)、結果的にはすべてが良かったです。今こうしてラグビーに携われているのは、あの高校に行ったからだと思っています。

▲高校時代の山賀さん
▲高校時代の山賀さん(ヘッドキャップ着)

高校のラグビー部は、当時埼玉に80校くらいある中で、花園(全国大会)なんて絶対に無理だと分かっているレベルでした。ただ、無名校ながらみんな一生懸命やっていました。
当時75kgだった私は、「センスがない奴はパワーをつけるしかない」と思って、そこから人生で一番ウェイトトレーニングをやりました。高校3年の時にはベンチプレスが140kgまで上がるようになりましたね。高校生で140kg上がればまあまあ大したものです。

で、たまたま高校の顧問の先生が「お前、ちょっと帝京大学の練習に行ってセレクションを受けてこい」と言ってくれたんです。私の頭の出来では大学なんて絶対に行けなかったんですけど、先生のおかげで1日だけの個人セレクションのような形で参加させてもらいました。そうしたら当時の部長が「取ってやる」と言ってくださって、運良く帝京大学に入ることができました。

大学時代、1年生の時はラグビーどころではなく、当時の上下関係はバリバリでしたから、毎日を生き抜くのに必死でした。2年生になっても、なかなか試合には出られませんでした。3年生の春の時点で、私は「1番(プロップ)」のポジションに7人いる中で7番目。一番下の7番目でした。ABCDどこのチームの練習試合にも出られない状況でした。ただ、ウェイトトレーニングやスクラムの練習は人一倍欠かさずやっていましたね。

そんな中、大学3年生の夏合宿(青森県・岩木山)で、「部内マッチ」が行われたんです。たまたま同じチームになったスクラムハーフの選手と仲が良くて、ボールを全部私にパスしてきて「お前、当たれ!」と突進させられたんです。彼がジョッキーで私が馬みたいな関係ですね(笑)。そこで私がひたすら突進して目立ったら、なんと次の試合のメンバー発表で一気に6人抜きして、いきなりスタメン(Aチーム)に大抜擢されたんです。誰が一番驚いたって、私自身が一番驚きましたよ(笑)。「本当に私でいいんですか?」という感じでしたね。あの夏合宿のチャンスがなかったら、今の私は絶対にありません。

▲大学時代の山賀さん

大学卒業を控えたとき、顧問の先生から「社会人ラグビーはどうするんだ? いくつか誘いがあるぞ」と言われたのですが、私は「いや、ラグビーは大学で十分です」と断りました。「じゃあ何がしたいんだ」と聞かれて、「実は芸能人のマネージャーになって、アイドルか女優と結婚したいです」と答えたら、「じゃあ勝手にしろ、自分で全部受けてこい!」と突き放されまして(笑)。
自分でホリプロ、ナベプロ、アミューズ、吉本興業など、大手芸能プロダクションを片っ端から全部受けました。しかし、筆記試験もあるし、面接で志望動機を聞かれて「アイドルか女優と結婚したいからです」と真顔で答えていたので、当然、全滅しました(笑)。

4年生の夏合宿で先生に「全部落ちました……どこかラグビーができるところはありませんか」と泣きついたところ、紹介されたのがセコムでした。当時のセコムはラグビーに力を入れ始めた時期で、先輩も行ってました。当時は「セコムしてますか?」というCMくらいしか知りませんでしたけどね。

私が入社した1997年当時のセコムラグビー部(現・セコムラガッツ)は、まだ関東社会人リーグにいて、これから東日本社会人リーグ(当時の全国トップリーグの一つ)に上がろうという過渡期でした。チームは1985年創部なので、私は12期生くらいだと思います。
選手としては、1997年から結局40歳くらいまで現役登録していました。公式戦の通算出場試合数は、昔すぎてチームに正確な記録が残っていないのですが、200試合は絶対に超えていますね。セコムでの現役時代は本当に色々な体験をさせてもらいました。……ちょっと長くなりすぎましたね、ごめんなさい(笑)。


▲選手としては1997年から2015年までプレー

※インタビュー時間は30分予定でしたが、この時点で30分をオーバーするくらい沢山お話いただいたので、割愛した内容はまた別の機会にご紹介します。ここに書いた5倍くらいお話してもらいました(笑)

滝沢:ありがとうございます!ここまで5分ぐらいを想定していたのですが、たくさんお話しいただいたので、これだけでnote1本の記事になっちゃいそうです(笑)。最近はXやInstagramも始められましたが、反響はいかがですか?

山賀:タキさん(滝沢)のおかげですよ!もともとの目的は、やっぱり学生への認知度を上げなきゃいけないな、ということでした。去年、菅平(ラグビーの合宿地)に行ったときに、もうメンバー表を紙で配っていなくて、「チームの公式InstagramやXを見てください」と言われたんです。「そういう時代か」と思って、タキさんにアカウントを作ってもらって始めたXですが、いつの間にか趣旨が変わってしまって(笑)。自分で投稿するのが楽しくなっちゃったんですよ。今では毎朝自撮りを投稿しています。当初の目的とは変わってしまったんですけど、楽しくやっています。


滝沢:僕も朝イチにスマホを開くと、山賀さんが出てきます(笑)。

山賀:申し訳ないです(笑)。でも、おかげさまで学生さんたちも喜んでくれて、みんな見てくれているみたいです。大学に行くと「一緒に写真を撮ってください!」とよく言われるようになりました。それは本当に増えましたね。「見てます!」と声をかけられることも。息子のラグビースクールの奥様方なんかにも「見てますよ」としょっちゅう言われます。認知度や知名度は間違いなく上がったので始めた効果が出ています!誰もけなさず楽しくやることをモットーにしています。

2、「リクルーターの第一印象が、チームのイメージになる」 

滝沢:ありがとうございます。仕事内容についてもお聞きしたいのですが、ラグビーチームの「リクルーター」とは、簡単に言うとどのような仕事なのでしょうか。

山賀:一言でいうと「良い人材を確保すること」です。これに限ると思います。これはプロ野球のスカウトなども同じだと思いますが、やはり強いチームを作るために良い選手を取りたい。

▲大学の練習を視察するさ山賀さん

リクルーターは、各チームで「チームの顔」だったOB選手が担当することが多いですね。今は日本代表を経験したような有名な元選手も結構やっています。学生に認知されている人でないと、なかなか難しい部分もありますから。
あとは、代表経験がなくても、チームのことをよく把握していて、長くチームを見てきた人がやっているケースも多いと思います。「チームの顔」としての知名度だったり、人当たりの良さだったり、あるいはイケメンを連れてきたり、チームによっていろんな特徴や戦略があると思います。

やっぱり組織って「人」じゃないですか。これはラグビーチームに限らず、どんな仕事でも同じだと思います。だから、良い人材を確保する最初の窓口として、リクルーターの第一印象がそのままチームのイメージになる。そう考えると、私みたいな人間が担当しているというのは、会社的にもチーム的にもあまり良くないのかもしれません(笑)。イメージが社風に全く合わないんですよ。

滝沢:そんなことないですよ!

山賀:しかも、正直この年齢(50代)でやっている人はなかなかいないです。皆さんもっと若くて、大体は現役を引退したばかりの30代が主流です。選手たちから見たら、もう息子と同じ世代ですね。
最近一番びっくりするのは、リクルートしている学生のご両親が、私より年下だということです。もうお父さんの目線ですよ。でも、若い子たちと接しているおかげで、自分自身も若い感覚を教えてもらえる。それは非常にやりがいのある仕事だと思っています。

滝沢:年間ではどのようなスケジュールで動いているのですか?

山賀:大きく動くのは夏前の時期ですね。毎年7月ころの菅平の合宿にはDivision1、Division2のリクルーターほぼ全チームが集まります。私も2週間ほど現地に滞在しますが、ここで狙っているのは主に3年生や2年生です。各大学の3年生以下の選手たちをチェックします。もちろん実際に接触もして、人柄(パーソナル)のチェックも始めます。

↑昨年の菅平視察に密着した様子はこちらより

そして9月ころからは各大学の公式戦が始まります。公式戦でのプレーを見るのはもちろんですが、練習グラウンドにも足を運んで、普段の練習の取り組み方や、私生活がどんな感じなのかといった人間性も見ていきます。ですから、まさに今(夏)の時期から3年生へのアプローチを始めています。早く動かないと、大体3年生の12月か1月ころにはみんな進路を決めてしまいますから、それまでの期間が勝負ですね。

—--------------------------
後編は明日7月24日(金)公開予定です!楽しみにお待ちください!