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十年後の わたしへ

今日は とても気持ちがいい

ついに下らないエッセイを書けたからだ
わたしは素直な方だと思う

友達に「ヨーロッパに 住んだ方がいい」
とサイゼリヤで言われた日に
飛行機を予約した。

飛行機を数カ月後に予約したことで
張り切ってビザもとった。
職場は全然OKな感じだったが
(そもそも一ヶ月更新の業務委託だったし)
仲介業者の会社が
わたしが初めての
大企業での常駐の仕事だったらしく
辞めさせたくなくて
変な理由をつけてゴネていて、
その経緯を常駐先の上司に相談したら
辞職を受け入れてくれた。
職場では 隣の席が 総務課だったが
その総務課の部長も
若いころ海外移住をされていて
応援してくれていたし、
近所の友達も応援してくれていた。
飛行機を先に決める
という愚行だが
すべてうまく言ったのだ。
というのはウソで
計画的にやっていこうと思ったはずが
片付けがドタバタで
食べずにヒーヒー言いながら
トランクに入れすぎて
飛行場でヒーヒー言うことになったwww

とはいえ

計画性がないことを気にしていたが
(計画的に行動できないわけではないが
いろいろあって 
将来のことを 考えると苦しくなった)

ときには
思い切ったことができるのも いいものだ。

しかし、
さすがに海外移住は勇気がいるので
飛行機チケットを先にとろう
と思ったのも事実だ。


話がそれたが
わたしは素直な方だと思う。

だが
以前 お世話になりまくったセンパイに
子供時代の思い出をエッセイにしたら?
と言われたことがあり
いつかやろうと思いつつ
十年が経ち
とうとう昨日 やってみれたのだ。

心の荷物がなくなって感じで
清々しい気持ちだ。

センパイの言ったように
ちびまる子ちゃんのような感じにはならなかったがwww
やってみたことに
意味があるんだと思う。


ああ嗚呼 思い出した。
わたしの人生で かなり
重要なことを書くんだった。

わたしは
だいたい十年おきくらいに
病んでしまうことに気がついた。

それもパターンがあるようだ。

次の十年のために
忘れないうちに書かなくてはいけない。

noteは とっても便利だ。

わたしは
非常に 人に助けられている。

だが
これでは ダメだ
1人でやらなきゃ
と思いはじめる。

と 同時に
助けてくれる人にも
【どうせ わたしのことを 下に見ているんだ】
などと 感じて
人が信じられなくなる。

家庭をもっている今となっては
逃げることができず
爆発しかけて、
幸い いいカウンセリングを何度も受けて
noteをはじめることもできて、
安心して いや今までよりも
人に対して安心して 暮らせております。

だが
十年後 このnoteを見返して
ちゃんと 気をつけたい。


以前 東京にいたころ
ヘルパーの仕事をしていたことがある。

知的障害者のグループホームだ。

いろんな人がいて
言葉が数語しか 話せない人もいた。

でも 言葉の数と
コミュニケーション能力は
関係ないのだ。

数語しか話せなくても
コミュニケーション能力が
めちゃくちゃ高くて
いかにも表現力があり
自分らしく生きている人がいた。

一方で
知的障害が重くなくっても
常に何かを心配して
楽しくなさそうにしている人もいた。

当たり前だが
障害の重さと
人生の楽しさって まったく
関係ないのだ。
と体感した。


ヘルパーというと
助けるという意味だと思うが
わたしは その言葉が
ほとんど話せない利用者に
助けられた。
つまり
生き方が 変わったのだ。

それ以前のわたしは
小学生くらいからずっと
きっと わたしは 何か障害がある、とか
人と違ってできないところに
フォーカスして
それでもどうやって生きようか
と考えてきた。

でも
本当に 本当に 大切なのは
どうやって生きたいか
なのだ。。。。。

わたしは チャレンジしよう
チャレンジしてみよう
と とりあえず
やってみる人間になり、
沖縄でダンサーの仕事をしたり
京都のお寺で修行したり、
東京でゲーム制作の仕事をしたりして
今はヨーロッパという
海外で楽しく暮らすことができている。

十年後のわたしへ
支える側と支えられる側は
常にウィンウィンなのだ。

勝手に 卑下して
人間不信になるな。

すべての 生き物が
対等なのだ。


ハイヤーセルフからの
神さま言の葉メッセージ。


愛してください
自分自身を

そうすれば
周りにも いっぱいいっぱい
愛をあげることができるよ


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