見出し画像

退職金は一時金と年金どっちが得?手取りで損しない4つの線引き

退職金の受け取り方は、たった一度の「一時金・年金・併用」の選択で、手取りが数十万円――大きな退職金や退職後の所得が高い方では、百万円規模で変わることもあります。この記事を読み終えると、あなたがどれを選ぶべきかを、なんとなくの気分ではなく「自分の数字」で判断できるようになります。

退職金の案内が届くと、たいてい「一時金で全額」「年金(分割)で受け取り」「その併用」の3択があります。多くの方が、なんとなく「まとめてもらう方が安心」か「分けた方が長持ちする」かの気分で選んでしまいます。ところが、この選び方ひとつで手取りが大きく変わり、しかも厄介なことに、どちらが得かは人によって逆になります。

たとえば――勤続38年・退職金2,000万円のAさん。この方は、受け取り方を「全額一時金」にするか「全額年金(分割)」にするかだけで、手取りが数十万円変わります。しかも"どちらに寄せると得か"は、退職後の所得やお住まいの条件によって入れ替わります。同じ2,000万円でも、隣の席のBさんとは正解が逆になることも珍しくありません。「年金の方がいい」という一般論も、「一時金が一番」という一般論も、あなたに当てはまるとは限らないのです。

しかも、退職金の受け取り方は一度きりの選択です。案内に印をつけて返送してしまえば、あとから「やっぱり分け方を変えたい」と選び直すことはできません。「同僚がみんな年金受取にしたから」「まとめてもらう方が安心そうだから」と、なんとなくで決めてしまう方は少なくありません。けれど、あとになって『こんなに引かれるなら、受け取り方を変えればよかった』と気づいても、取り返しがつかないのです。だからこそ、返送する前のいまのうちに、自分がどちら側なのかを知っておく価値があります。

問題は、あなたがどちら側なのかは、3択の名前を眺めても分からないこと。分かれ目は、次の「4つの数字」で決まります。

  • 勤続年数

  • 退職金の見込額

  • 退職後の他の所得(年金・再雇用など)

  • iDeCo・企業型DCの有無

この4つのうち、特にiDeCo・企業型DCがある方は要注意です。2026年の改正で"受け取る順番"まで手取りに効くようになり、それを知らずに受け取って損をする人が増えています。

ここから先は、あなた自身の数字を当てはめて、一時金か・年金か・併用かがそのまま見える形にしていきます。具体的には――

  • あなたの退職所得控除額の出し方(一時金が強い理由)

  • 退職金の額帯ごとの手取り試算(枠内の人・控除を少し超える人・大きく超える人の、円単位の違い)

  • 一時金と年金の併用にするなら、どう配分を考えるか

  • iDeCo・DCがある人がはまりやすい受け取り順の落とし穴(2026年改正の10年ルールと、自分の年数を確定する手順)

  • 自分のケースを当てはめる判定ワークシート(付録)

額帯ごとの試算に自分の数字を当てはめれば、「自分はこの受け取り方」と根拠を持って言える――そこまでを、特定の受け取り方や金融商品はすすめずに、中立に判断材料としてそろえます。税理士に個別相談すれば数万円かかる内容を、まずはこの1本で、自分の分かれ目から確かめられます。

年金事務所や勤務先の窓口も、制度の「しくみ」は説明してくれます。けれど、「あなたは一時金と年金のどちらに寄せると手取りが多く残るのか」という損得の線引きまでは、窓口では踏み込んでもらえません。この記事は、会社が将来支払う退職金・年金の額(退職給付債務)を数理で計算し、その中身を説明する仕事をしてきた立場から(アクチュアリー準会員です)、特定の商品や受け取り方はすすめず、その一点だけを中立にまとめています。

最近はご自身の数字をAIに入れて確かめる方も増えました。ただ退職金まわりの控除や2026年の改正は、もっともらしい答えでも数字が古かったり取り違えていたりすることがあり、どこが誤りかをご自分で見分けるのは難しいところです。この記事は、その一点を、改正後のルールにそろえて、あなた自身で確かめられる形にまとめています。

退職金やお金の本を1冊読んで備えるという方法もありますが、本は幅広い読者に向けて書かれるぶん、「自分はどう受け取るか」という一点の答えには、なかなかまっすぐたどり着けません。この記事はその一点だけに絞って、あなたの数字で判断できるところまでをまとめています。

※この記事は、退職金の受け取り方で「知らずに損しない」ために、制度のしくみと判断材料をやさしくまとめたものです。退職所得控除や公的年金等控除の計算は執筆時点の制度にもとづく概算で、実際の金額はお勤め先の制度や個別の事情、お住まいによって変わります。最終的な数字は勤務先や年金事務所でも確かめながら、あなたに合った受け取り方を見つけるための「地図」として使ってください。

1. 有利・不利を分けるのは「他人の選択」ではなく、あなたの4つの数字

年金や退職金の受け取りで多く見かけるのが、「同僚が年金受取にしたから自分も」「ネットでまとめてもらう方が損と読んだから」という「他人軸」の決め方でした。

けれど、有利・不利を分けるのは、同僚の選択でもネットの一般論でもありません。あなたの勤続年数・退職金額・退職後の所得・iDeCo/DCの有無という4つの数字です。ここがそろえば、答えは自動的に絞り込めます。この章から順に当てはめていきます。

2. まず「退職所得控除」を出す(一時金が強い正体)

一時金で受け取る退職金は「退職所得」として、給与と分けて課税されます(分離課税)。一時金が強いのは、次の2つの仕組みがあるためです。

(a) 退職所得控除(大きな非課税枠)

  • 勤続20年以下:40万円 × 勤続年数(80万円に満たないときは80万円)

  • 勤続20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

  • 勤続年数の端数は1年未満を切り上げます(例:10年2か月→11年)。

例:勤続38年 → 800万円 + 70万円 × 18年 = 2,060万円。退職金がこの額までなら、一時金受取の税金はゼロです。

(b) さらに「2分の1課税」

  • 課税退職所得 =(退職金 − 退職所得控除)÷ 2

  • 勤続5年以下の場合は、この2分の1に制限がかかることがあります(役員等は2分の1不可、役員等以外でも控除後300万円を超える部分は対象外)。勤続が長い方は気にしなくて構いません。

この「大きな控除+半分課税」があるため、退職金が控除枠に収まる人ほど、一時金が有利になります。

3.【額帯別】あなたの退職金で、税金は実際いくらか

ここが本題です。退職金の額帯ごとに、一時金で受け取ったときの税負担を円単位で出します(勤続38年・控除2,060万円を例にします)。

ケースA:枠内(退職金2,000万円)

2,000万円 − 控除2,060万円 = マイナス → 課税退職所得は0円 → 所得税・住民税ともにほぼ0円で済みます。この方は迷わず一時金が有利です。

ケースB:控除を少し超える(退職金2,200万円)=多くの方の現実

2,200万円 − 2,060万円 = 140万円。その半分の70万円が課税退職所得です(=ここに税率がかかる課税ベース)。

  • 所得税:70万円 × 5% = 35,000円(復興特別所得税を含め約35,700円)

  • 住民税:70万円 × 10% = 70,000円

  • 合計:およそ11万円

つまり、2,200万円を全額一時金で受け取っても、税負担は約11万円にとどまります。この帯の方も、基本は一時金で問題ありません。「控除をわずかに超えるから損では」と不安になりがちですが、超えた分しか、しかもその半分しか課税されないためです。

ケースC:大きく超える(退職金3,500万円)

3,500万円 − 2,060万円 = 1,440万円。半分の720万円が課税退職所得です。

  • 所得税:720万円 × 23% − 636,000円 = 1,020,000円(復興分を含め約104万円)

  • 住民税:720万円 × 10% = 720,000円

  • 合計:およそ176万円

ここまで来ると、税負担は無視できません。一部を年金受取に回して受け取り年を分散すると、総負担が変わる可能性が出てきます(次章)。

※ここでの税額は概算です。実際は他の所得や控除で変わるので、最終的な数字は税務署や専門家でも確かめると安心です。

4. 一時金・年金・併用、どう配分を考えるか

年金(分割)で受け取る退職金は、「公的年金等の雑所得」として公的年金等控除の対象になります。運用が続くなどの利点がある一方、注意点があります。雑所得は他の所得と合算されるため、所得が増えると——

  • 所得税・住民税の税率が上がることがあります

  • 社会保険料(国民健康保険・後期高齢者医療・介護)が上がることがあります

  • 医療・介護の自己負担割合が上がることがあります

ですから「年金受取は税金が安い」とは単純に言えません。考え方の軸はこうです。

  • 退職金が控除枠に収まる/少し超える程度(ケースA・B)→ 一時金で受け取るのが基本。年金受取に回す税メリットは小さく、社保増のデメリットが上回りやすいです。

  • 退職金が控除枠を大きく超える(ケースC)→ 一時金で受け取る分は控除と2分の1課税を活かしきり、超える部分の一部を年金受取に回して受け取り年を分散する併用が選択肢になります。ただし退職後の所得・社保への波及を必ず並べて比べてください。

5. iDeCo・企業型DCがある人の「受け取り順」——2026年改正の確定値

退職金とは別にiDeCoや企業型DCを受け取る方は、ここが手取りを最も左右します。同じ退職所得控除を、近い時期に重ねて満額は使えないルールがあるためです。

  • iDeCo・DCを先に一時金で受け取り → あとで退職金を受け取る場合:2026年(令和8年)1月1日以後は、控除を満額使うために前後10年(改正前は5年)を空ける必要があります(法令上は、退職金を受け取る年から見て「前年以前9年以内」にiDeCo・DCの一時金を受け取っていると調整対象。iDeCo・DCの一時金が令和8年1月1日以後に支払われた分が対象です)。期間が足りないと、2回目の退職所得控除が圧縮され、本来は不要だった税が出ます。

  • 逆に退職金を先 → あとでDCの順は、このルールは据え置きで、今回の改正対象ではありません。

自分の年数を確定する手順

  1. iDeCo/DCと退職金、それぞれの受け取り予定年を書き出します。

  2. どちらを先に受け取るかを決めます(iDeCo先か、退職金先か)。

  3. iDeCo先→退職金なら、間隔が10年以上あるかを確認します(2026年1月以後)。

  4. 間隔が足りないときは、受け取り時期をずらす・年金受取に切り替える等で回避できる場合があります。勤務先の退職金担当・iDeCoの運営管理機関・税務署に、年と順番を伝えて確認してください。

6. 判定ステップ(記入用ワークシート)

ここまでの線引きを、あなたの数字で1枚にします。空欄を埋めてください。

  1. 勤続年数 →(20年超なら)退職所得控除 = 800万 + 70万 ×(勤続 − 20)= ______ 万円

  2. 退職金見込額 ______ 万円 − 控除 = ______(マイナス〜少し超える=一時金で確定)

  3. 大きく超える場合:超過分 ÷ 2 = 課税退職所得 ______ → 税額の目安 ______

  4. 退職後の他の所得 ______ → 年金受取に回す余地と、社保増の影響を並べる

  5. iDeCo/DCの有無・受け取り予定年 ______ → 受け取り順と間隔(10年)を確認

年金事務所も税務署も、退職金の担当窓口も、相談はいずれも無料です。ただ、「退職金の見込額・勤続年数・退職後の他の所得・iDeCoやDCの受け取り予定年と順番」を自分で整理しないまま行くと、一般的な説明で終わってしまいがちです。この記事は、その窓口へ持ち込む前に、自分の4つの数字と受け取り順を先に固めておくための「地図」として使ってください。

7. まとめ

  • 退職金が控除枠に収まる/少し超える人(ケースA・B)は、一時金が基本有利。少し超えても税は軽くなります。

  • 大きく超える人(ケースC)は、超過分の一部を年金受取に回す併用が選択肢(社保・税率の波及を必ず並べる)。

  • iDeCo・DCがある人は受け取り順が最重要。iDeCo先→退職金は2026年から10年空ける必要があります。

  • この記事は、どれか一つの受け取り方をおすすめするものではなく、あなたが自分の4つの数字で線引きして納得して選ぶための地図です。最終的な数字は、勤務先や年金事務所、税務署でも確かめながら、自分に合った受け取り方を見つけてください。

※退職前後では、健康保険の選び方や年金の受け取り開始など、ほかにも順番で手取りが変わる判断が重なります。全体の流れを1枚で設計したい方は、別記事「退職前後のお金の決め方ロードマップ」(有料note)もあわせてご覧ください。

制度の改正やしくみの読み方は、これからも一次資料にあたって同じようにまとめていきます。退職や受け取りが近い方は、フォローしておいていただければ、新しい記事が届きます。

いいなと思ったら応援しよう!