年金はいつから受け取る?自分の数字で試算する1枚|繰上げ・繰下げ・働きながら(令和8年度)
「年金は65歳から」と思っていた方も、多いのではないでしょうか。けれど実際には、受け取りはじめる年齢は60歳から75歳までの間で、自分で選べます。
そして、この「いつ受け取りはじめるか」を選ぶだけで、受け取る年金額は一生涯にわたって変わります——受け取り方しだいで、額面では8割ほど増えることも、2割以上減ることもあります。この記事を読むと、その分かれ道を、なんとなくの気分ではなく“自分の定期便の数字”で見比べられるようになります。
ここまでは、別の記事「年金は何歳から受け取れる?」で整理しました。地図としては、これで十分です。
ただ、地図を見ても「で、結局わたしはいつ受け取るのがいいの?」は決まりません。理由ははっきりしていて、同じ制度でも、答えは“自分の数字”を入れてはじめて出るからです。定期便に書かれた見込み額・これからの働き方・健康への見通しが違えば、有利な選び方は人によって反対になります。
この記事は、その「自分の数字で並べる1枚」を、記入式のワークシートにしたものです。
わたしは、会社の退職給付の数理計算を仕事にしてきました(年金や退職金そのもののご相談ではなく、企業会計のための計算です)。その経験から、受け取り方の損得は"制度の一般論"ではなく"その人の定期便の数字"に置きかえたときに初めて見える、と考えています。だからこの記事は、あなた自身の数字で4つの受け取り方を見比べられる形にしました。
まず、判断を分ける3つの数字
選び方の損得は、つきつめると次の3つの数字で動きます。
繰上げ(60〜64歳に早める)= 1か月あたり 0.4% 減る。60歳ちょうどまで早めると 0.4%×60か月=24%減。しかもこの減った率は、一生続きます(あとから戻せません)。※昭和37年4月1日以前に生まれた方は、減額率が 0.5%(最大30%減)です。
繰下げ(66〜75歳に遅らせる)= 1か月あたり 0.7% 増える。75歳まで遅らせると 0.7%×120か月=84%増。こちらは増えた率が一生続きます。
働きながら受け取る(在職老齢年金)= 合計65万円が分かれ目(令和8年度)。受け取る年金(基本月額)と給料など(総報酬月額相当額)の合計が月65万円を超えると、超えた分の半分だけ年金が止まります。止まる額=(基本月額+総報酬月額相当額 − 65万円)÷ 2。65万円以下なら全額もらえます。※この65万円は、令和8年4月から、それまでの51万円より引き上げられた新しい基準です。
数字を入れると、こんなふうに変わります(例)
定期便に「65歳から 月15万円(年180万円)」と書かれている人で考えてみます。
5年遅らせて70歳から:180万円 ×(1 + 0.007×60か月)= 年255.6万円(月21.3万円)。月6万円ほど増えます。
5年早めて60歳から:180万円 ×(1 − 0.004×60か月)= 年136.8万円(月11.4万円)。月3.6万円ほど減ります。
増える額・減る額そのものは、じつは「ねんきんネット」の試算でも無料で出せます。見込み額に率をかけるだけだからです。
ですが、受け取り開始を決めるときに本当に効くのは、その先です。「70歳まで5年待つあいだの生活費」「増えた分を何歳まで生きれば取り戻せるのか」「増やしたことで税や健康保険料、加給年金が逆に目減りしないか」——この3つを、増減額と同じ1枚の上に並べて見ないと、決められません。そして、その“並べる1枚”は、公式の試算ツールには付いていません。
ここから先(有料)では、あなたの定期便の数字を入れて、次の4つを1枚にまとめます。
損益分岐(何歳まで生きれば、待ったほうが上回るか)を、自分の数字で計算し、
働きながら受け取ると、いくら止まるのか(在職老齢年金)を確かめ、
税・健康保険料・医療や介護の自己負担・加給年金との連動まで、見落としを○×でチェックして、
繰上げ・原則・繰下げ・働きながら の4ケースを、自分の年額・月額ごと1枚の集約表にまとめます。
増減額の試算(ねんきんネットでも出る部分)に、この「損益分岐」と「連動の取りこぼし」を重ねて、はじめて“自分の分かれ道”が1枚になります。空欄が残った行は、あなたが年金事務所で確かめるべきテーマです。
正確な見込み額そのものは、年金事務所やねんきんネットで出してもらえます。この記事は、その数字を使って、繰上げ・原則65歳・繰下げ・働きながらの4つを1枚に並べ、手元で見比べるための道具です。なお、例であげた増減額はいずれも額面で、実際の手取りは税や社会保険料で変わります。だからこそ「増える額の大きさ」だけでなく、次の損益分岐と連動まで並べて決めることが役に立ちます。
📌 この記事は、令和8年度の制度の数値をもとに作成しています。年金額や繰上げ・繰下げの増減率、在職老齢年金の基準額は改定されることがあるため、最新の数値は日本年金機構や年金事務所でご確認ください。
自分の数字で埋める「受け取り開始ワークシート」
使い方:手元に「ねんきん定期便」かスマホの「ねんきんネット」を用意してください。電卓(スマホの計算機)だけで埋められます。数式は全部、かけ算と足し算だけです。
ステップ1|出発点になる「65歳からの見込み額」を写す
50歳以上の定期便:「老齢年金の見込額」がそのまま使えます。年額を書き写します。
50歳未満の定期便:載っているのは「これまでの加入実績で計算した額」です。これから60歳まで働く分が入っていないので、本番はこれより増えます。ざっくり把握用と割り切るか、ねんきんネットの「かんたん試算」で60歳まで働いた前提の額を出して使うと、より実態に近づきます。
わたしの65歳見込み額(=A):年( )円 / 月( )円※繰上げ・繰下げの率がかかるのは、原則として「老齢厚生年金」と「老齢基礎年金」の両方です。在職老齢年金で止まるのは厚生年金部分だけで、基礎年金は止まりません。厚生・基礎を分けて書ける方は別の行に分けると精度が上がります(分からなければ合計のままで構いません)。
ステップ2|4つのケースで「自分の年額・月額」を出す
ステップ1で写した「65歳からの年額」を A とします。□には月数を入れます(受け取りたい年齢 − 60歳)×12=繰上げ月数、(受け取りたい年齢 − 65歳)×12=繰下げ月数。
①繰上げ60歳(60か月)| A×(1−0.004×60)=A×0.76 |年額( )円/月額( )円
①′繰上げ(□か月) | A×(1−0.004×□) |年額( )円/月額( )円
②原則65歳 | A(そのまま) |年額( )円/月額( )円
③繰下げ(□か月) | A×(1+0.007×□) |年額( )円/月額( )円
③′繰下げ75歳(120か月)| A×(1+0.007×120)=A×1.84 |年額( )円/月額( )円ステップ3|損益分岐「何歳まで生きれば、待ったほうが上回るか」
繰下げは「遅らせて増やす」かわりに「待っている間はもらえない」しくみです。その差が逆転する年齢を、自分の数字で出します。考え方はシンプルで、「待っている間にもらえなかった総額」を「増えた分の年額」で割ると、取り戻すのにかかる年数が出ます。
取り戻す年数 =(原則の年額 × 待った年数)÷(繰下げの年額 − 原則の年額)
損益分岐の年齢 = 繰下げで受け取りはじめる年齢 + 取り戻す年数記入例(A=180万円、70歳まで5年繰下げ):もらえなかった総額=180万×5年=900万円。増えた分の年額=255.6万−180万=75.6万円。取り戻す年数=900万÷75.6万=約11.9年。損益分岐=70歳+11.9年=約82歳。→ ざっくり「82歳より長生きするほど繰下げが有利、それより短いと原則65歳が有利」と読めます。なお、この「取り戻す年数」は、見込み額(A)にも待った年数にもよらず、繰下げなら約11.9年でほぼ一定になります。増える率が1か月0.7%=1年あたり8.4%で固定されているからです。ですので、自分の数字で出すのは年数ではなく、損益分岐の年齢=受け取りはじめる年齢+約11.9年のほうです。
あなたの数字で:
待った年数( )年 / もらえなかった総額( )円
増えた分の年額( )円 / 取り戻す年数( )年 / 損益分岐の年齢( )歳⚠️これは「何歳まで生きるか」を当てる計算ではありません。寿命は誰にも分かりません。出てくる年齢は、判断材料の一つです。「平均余命(65歳の人はあと男約20年・女約25年が目安)と比べて自分はどう思うか」を、自分で決めるための数字だと考えてください。
ステップ4|働きながら受け取るなら「止まる額」を確かめる
65〜70歳ごろも働く予定の方は、ここを確かめておくと安心です。止まるのは厚生年金部分だけです。
基本月額(厚生年金の月額) =( )円
総報酬月額相当額(月給+賞与÷12)=( )円
合計( )円 → 65万円以下なら全額もらえる(記入終わり)
65万円を超えるなら:止まる額=(合計 − 65万円)÷2 =( )円/月大事な読み替え:止まった年金は「消える」のではありません。繰下げ待機中に働いている場合、止まった部分は繰下げの増額の対象になりません(増えるのは実際に支給される部分だけ)。「働いて止める」より「いったん受け取る」「繰下げる」のどれが自分に合うか、ステップ2・3とあわせて見ます。
ステップ5|見落としやすい「連動」を○×でチェック
増やす・遅らせるは、年金額の外側にも効きます。当てはまるものに○を。
( )繰下げで年金が増えると、所得が増えて税・社会保険料も上がることがある(手取りは額面ほど増えない場合がある)
( )医療・介護の自己負担割合(1割→2割など)の判定に影響することがある
( )加給年金(配偶者がいる人の上乗せ)は、本体の老齢厚生年金を繰下げている間は受け取れない
( )特別支給の老齢厚生年金(65歳前にもらえる人)は繰下げの対象外。受け取らないと時効(5年)で消える分が出ることがある
( )繰上げると、障害年金・寡婦年金が請求できなくなる等の制約がかかる○がついた行は、「増える額」だけで決めず、年金事務所でその連動も一緒に確認するテーマです。
集約表|この1枚に、自分のケースが並びます(=ゴール)
①繰上げ |年額( )月額( )|取り消し=✕一生減ったまま|損益分岐=— |連動=障害・寡婦年金の制約
②原則65歳 |年額( )月額( )|取り消し=— |損益分岐=基準|連動=—
③繰下げ |年額( )月額( )|取り消し=△受給前なら変更可|損益分岐=( 歳)|連動=税・健保・加給年金
働きながら|止まる額( ) |厚生年金部分のみ停止3つの行に自分の数字が並べば、「わたしのケースの分かれ道」が1枚になります。空欄が残った行=あなたが年金事務所・ねんきんネットで確かめる具体テーマです。
まとめ
受け取り開始に「みんなの正解」はありません。繰上げ0.4%/繰下げ0.7%/在職65万という共通のものさしに、自分の定期便の数字を当てて、はじめて分かれ道が見えます。
繰下げの損得は「増える額」だけでなく「損益分岐」と「税・健保・加給年金の連動」までを1枚で見て決めます。
最後の確定額や有利・不利は、ご自身の状況で変わります。ねんきんネットや年金事務所でも確かめながら、あなたに合った受け取り方を選ぶための地図として使ってください。
このワークシートは「公的年金を“いつから”受け取るか」に絞った1枚です。退職金や iDeCo を「一時金で受け取るか・年金で分けて受け取るか(出口の税)」は別の分かれ道なので、そちらは「退職金・iDeCo・年金 受け取り方ワークシート」で別に並べると、受け取りの全体像がそろいます。
この記事は、公的年金のしくみを中立に整理し、自分の数字で試算するための道具です。計算は目安で、実際の金額や有利・不利は一人ひとりの状況(家族・他の収入・健康・税)で変わります。数字は令和8年度時点の制度にもとづくので、正確な金額はねんきんネットや年金事務所でも確かめながら、あなたのケースに合った受け取り方を見つける地図としてお使いください。
年金や退職前後のお金のしくみを、制度の一次情報にあたりながら整理して書いています。受け取り方をこれから決める方のお役に立ちそうでしたら、フォローしていただけるとうれしいです。
