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神農の功績と『神農本草経』:古代東洋における自然観察の原点

こんにちは。
西炎です。
今回は神農をテーマにしたいと思います。
古代中国の伝承に登場する三皇の一人という祖先神で、人々に医療と農耕の術を教えたとされる伝説の存在です。
私も強い興味を持つ存在ですが、今回はなるべくわかりやすく説明したいと思います。

神農(しんのう)とは? 医薬と農業の礎を築いた「東洋の文明の祖」

東洋医学の聖地や、漢方薬局の奥に祀られている「牛の頭を持つ神様」を見たことはないでしょうか。
その名は神農(しんのう)。
中国神話における三皇の一人であり、人類に「農耕」と「医学」をもたらしたとされる伝説の存在です。

なぜ彼は数千年の時を経た今もなお、薬の神様として崇められているのか。その功績と、現代に繋がる教えを紐解きます。

1. 「農業」と「医学」を創り出した男
神農の最大の功績は、野生の植物の中から「食べられるもの」と「薬になるもの」を見分け、人々に教えたことにあります。

  • 農耕の祖: それまで狩猟採集に頼っていた人々に、木を削って作った鋤(すき)や鍬(くわ)の使い方を教え、五穀の栽培を広めました。これにより、人類は安定した食生活を手に入れることができたとされています。

  • 医薬の祖: 伝説によれば、神農は自らの体を使って、一日に70回(あるいはそれ以上)も毒草を口にし、その反応を確認したといいます。毒に当たれば茶を飲んで解毒し、どの草がどの病に効くかを突き止めました。

2. 『神農本草経』と自然観察の原点
神農の名を冠した世界最古の薬物学書が『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』です。

後世の人間が神農の伝説を編纂したものと考えられていますが、ここには365種類の薬物が「上薬・中薬・下薬」の3つに分類されて記されています。

  • 上薬(じょうやく): 養生(健康維持)のための薬。毒がなく、長く飲んでも副作用がないもの。

  • 中薬(ちゅうやく): 病気を防ぎ、体力を補う薬。毒性があるものも含まれるため注意が必要。

  • 下薬(げやく): 病気を治すための強い薬。毒性が強く、長期間の使用は避けるべきもの。

この分類法は、単なる知識の羅列ではなく、「自然界の力をどう人間に調和させるか」という東洋医学の根本思想を示しています。

3. 神農の姿:なぜ「牛首人身」なのか
古い絵画に描かれる神農は、しばしば「牛の頭に人間の体」という異形で描かれます。
これにはいくつかの象徴的な意味が込められています。

  • 牛の象徴: 古代において牛は農耕の象徴であり、人間に豊かな実りをもたらす献身的な存在でした。

  • 自然との一体化: 人間の知恵(頭脳)ではなく、本能や自然の力に近い存在として描かれることで、彼が「自然界の声を聞く者」であったことを示唆しています。

4. 自己犠牲の果てに
神農の最期については、あまりにも壮絶な伝説が残っています。
あらゆる草を舐め、人々のために薬を探し続けた彼は、ついに猛毒を持つ「断腸草(だんちょうそう)」を口にしてしまい、腸がちぎれて命を落としたと言い伝えられています。

彼のこの「身を挺して真理を求める」姿勢は、後の医学者たちの精神的な支柱となりました。

まとめ:現代の私たちに語りかけるもの
神農の物語は、単なる古い神話ではありません。

「自分の体で確かめる」という徹底した実証主義と、自然の中にある法則を見出す深い観察眼。
そして、他者の苦しみを救うための献身。
これらは、科学や医学が高度に発展した現代においても、決して忘れてはならない「知恵の原点」といえるでしょう。

あなたが次に漢方薬を手にしたり、豊かな実りを口にしたりする時、太古の昔に百草を噛み分けたこの「神様」の物語を思い出してみてください。

と、このように神農は主に農耕と医学の神とされます。
それにしても実際に自分で薬かどうかを試したというのはすごい話ですね。
しかし考えてみれば最初人類にとって植物が毒かどうかなどわかるはずもありません。
現在漢方薬とされているものも最初勇気を持って試した人は絶対にいるはずで、そういう行為の蓄積が今の医学につながっているわけです。

神農よりも近い時代に日本でも似た人がいました。
江戸時代中期、米沢藩主・上杉鷹山の右腕として改革を支えた莅戸善政です。
彼は天明の大飢饉の教訓から「非常時に食べられる植物」の知識を普及させる必要があると考えました。

  • 実践的な研究: 善政は藩の医師たちに命じて、どの野草が食べられるか、毒はないか、どのように調理すれば美味しく食べられるかを徹底的に調査させました。

  • かてもの』の編纂: その成果をまとめたのが、救荒食の手引書『かてもの』です。ここには約80種類の山野草や木の実の、見分け方から灰汁抜きの方法までが詳しく記されていました。

  • 神農のような献身: 彼は単に命令を出しただけでなく、実際に自らも試食し、その普及に努めたといわれています。この本が領内に配られたおかげで、後の天保の大飢饉の際、米沢藩からは一人の餓死者も出なかったという驚異的な記録が残っています。

簡単にいえば貧しい藩なので雑草を食べないと生きられない人が多いため、米など以外で食べられる雑草を食べて探したということです。
サバイバル術ですね。
現代と関係ないと思うかもしれませんが、もう10年もすれば食べられない人が江戸時代のように出てくる可能性もあり、この書物は今後必要となるかもしれませんねぇ。

むしろこれから空気、水、植物の減少によって貨幣が通用しなくなり、サバイバル術を必要とする人の割合が増えてくるのでしょう。

日本の薬祖神と大陸の神:神農(しんのう)と少彦名(すくなひこな)

漢方のルーツを探ると必ず行き着く「神農」。
そして、日本の神社で「医薬の神」として親しまれる「少彦名命(すくなひこなのみこと)」。
この二柱の神は、時代や場所を超えて深く結びつき、現代の私たちの健康を守る象徴として並び称されています。

なぜ大陸の神と日本の神が一つに語られるようになったのか。
その神秘的な繋がりを紐解きます。

1. 日本の医薬の祖「少彦名命」とは
日本神話において、大国主命(おおくにぬしのみこと)の国造りを助けた小さな神様が少彦名命です。
蛾の皮を衣にし、海の向こう(常世の国)からガガイモの実の船に乗ってやってきたと伝えられています。

  • 多才な知恵: お酒造り、おまじない、温泉の発見、そして「医薬」の道を広めたとされています。

  • 病を払う力: 人々や家畜が病に苦しまないよう、薬草の知識を授けた「医療の先駆者」です。

2. 「神農」と「少彦名」の合流
江戸時代、日本で医学(漢方)が体系化される過程で、中国の薬祖神である神農と、日本の医薬神である少彦名を共に祀る習慣が広がりました。

大阪の道修町(どしょうまち)にある少彦名神社(通称:神農さん)は、その象徴的な場所です。
ここでは、神農氏と少彦名命が二柱並んで祀られています。

  • 共通の役割: 両者とも「人々の病を救うために植物の知恵を授けた」という共通点があります。

  • 調和の精神: 外来の優れた知恵(神農・漢方)と、日本古来の精神(少彦名・和薬)を融合させ、より良い医療を目指した先人たちの願いが込められています。

3. 現代に続く「神農祭」と張り子の虎
毎年11月、大阪では「神農祭(しんのうさい)」という大きなお祭りが開かれます。
これは、江戸時代にコレラが流行した際、薬種商たちが道修町で薬を配合し、病除けの祈祷を行ったことに由来します。

この時、お守りとして配られたのが有名な「張り子の虎」です。
虎は強靭な生命力の象徴であり、神農・少彦名の力と合わせて病魔を退散させると信じられました。
現在でも「大阪の祭りは神農さんに始まり、神農さんに終わる」と言われるほど、健康を願う人々にとって大切な行事となっています。

4. 「自然観察」から生まれる癒やし
神農は「百草を舐めて」薬を見つけ、少彦名は「常世から知恵を運んで」人々を癒やしました。

二柱に共通するのは、「自然界の中に、人間を救う力が必ず隠されている」という信念です。
道端に咲く草花や、季節の移ろいの中に健康のヒントを見出すという東洋的な視点は、忙しい現代を生きる私たちに、一度立ち止まって自然と調和することの大切さを教えてくれています。

まとめ:二人の神様が守る私たちの健康
神話や伝説の枠を超え、神農と少彦名は「医食同源」の象徴として今も息づいています。
私たちが手にする薬や、日々の食事の背景には、太古から続く「観察」と「慈愛」の歴史があるのです。

大阪の道修町の少彦名神社では神農と少彦名命と虎がセットとなっています。
この点、前から実に不思議でしたが、やはり何も関係ないということですね。


神農を祀る神社は道修町以外にもある?

大阪市道修町の少彦名神社(神農さん)は有名ですが、神農を祀る神社や場所は日本国内に他にもいくつか存在します。

江戸時代、薬種商が集まる「くすりの町」には、中国の医薬神である神農と、日本の医薬神である少彦名命を併せて祀る信仰が広がったためです。
代表的な場所をいくつかご紹介します。

1. 東京・日本橋:薬祖神社(やくそじんじゃ)
道修町と並ぶ「くすりの街」として知られる東京・日本橋本町にある神社です。

  • 祭神: 少彦名命、大己貴命(おおなむちのみこと)とともに、神農(炎帝神農)が祀られています。

  • 背景: 江戸時代の薬種問屋たちが、自分たちの商う薬の品質と安全を祈願して祀り始めたのが起源です。現在も製薬各社が崇敬を寄せています。

2. 東京・湯島:湯島聖堂(ゆしませいどう)
神社ではありませんが、ここには立派な「神農廟(しんのうびょう)」があります。

  • 特徴: 毎年11月23日に「神農祭」が行われ、この日だけ普段は非公開の神農像が一般公開されます。

  • 背景: 江戸幕府の官学所であった湯島聖堂において、神農は「農業と医学の祖」として、儒教の教えとともに尊重されてきました。

3. 京都:薬祖神祠(やくそじんし)
京都市中京区、二条通付近の薬屋さんが多いエリアにあります。

  • 祭神: 大巳貴命、少彦名命、神農に加え、なんと西洋医学の祖とされるヒポクラテスまでもが併せて祀られています。

  • 背景: 和・漢・洋の医神が一堂に会する珍しい場所で、京都の薬業界を見守っています。

4. 大阪・堺:薬祖神社
大阪市内の道修町だけでなく、堺市(宿院の近く)にも神農を祀る神社があります。

  • 祭神: 少彦名命と神農を祀っています。

  • 背景: 堺もかつては貿易の拠点であり、海外から入ってくる薬種を扱う商人たちが信仰を深めました。

こうしてみると大阪、東京に多いようで、少し残念ですね。

太陽と炎の王:神農(しんのう)と炎帝(えんてい)の伝説

東洋神話において、神農は単なる「薬の神」ではありません。
彼は「炎帝(えんてい)」とも呼ばれ、火を司り、太陽の徳を持って世界を照らした伝説の聖王として君臨しています。

なぜ薬草を噛み分ける穏やかな聖者が、荒々しくも神々しい「炎の帝」の名を冠しているのか。
その象徴的な意味と、文明の夜明けを告げた物語に迫ります。

1. 炎帝神農氏:文明に「火」をもたらした者
中国古代の伝説「三皇五帝」の一人として、神農は「炎帝」という号を持っています。
これには、人類が獣のような生活から脱却し、文明を築くための重要な鍵が隠されています。

  • 火による浄化: 炎帝は人々に「火」の使い方を教えました。食べ物を焼いて食べることで寄生虫や病を防ぎ、また荒れ地を焼き払って(火耕)肥沃な農地を作る知恵を授けました。

  • 太陽の化身: 「炎」は太陽の象徴でもあります。農耕には太陽の光が不可欠であり、神農が炎帝と呼ばれるのは、彼が太陽のエネルギーを操り、万物を育成させる力を持っていたことを表しています。

2. 「赤帝」としての象徴:方角と季節
古代中国の五行思想において、炎帝は「南」の方角と「夏」の季節を司る「赤帝(せきてい)」と同一視されます。

  • 五行の「火」: 万物が最も力強く成長する夏の盛り、南から降り注ぐ熱いエネルギー。神農=炎帝は、まさに生命力が爆発する自然界のパワーそのものを神格化した存在なのです。

  • 朱雀との繋がり: 南の守護獣である「朱雀(すざく)」とも深い縁があり、常に熱気と光を纏った存在として描かれます。

3. 炎帝と黄帝:中華民族の源流「炎黄子孫」
中国では自民族のことを「炎黄子孫(えんこうしそん)」と呼ぶことがあります。
これは、炎帝(神農)と黄帝という二人の聖王の末裔であるという意味です。

  • 静の神農、動の黄帝: 農耕と医薬で民を慈しんだ「炎帝」と、法を整え軍事を司った「黄帝」。この二つの勢力が合流することで、東洋文明の巨大な潮流が生まれました。

  • 争いと和解: 伝説では、炎帝の一族と黄帝の一族は激しく争った(阪泉の戦い)末に、一つにまとまったとされています。これは、異なる文化や技術が融合して一つの国家が形成された歴史を象徴しています。

4. 「炎」がもたらした医薬の進化
神農が薬草を研究する際にも、「炎」は欠かせない要素でした。

  • 錬丹と煮沸: 生薬を煎じる、あるいは成分を抽出するために火を使うプロセスは、炎帝としての彼の力の真骨頂です。

  • 内なる炎: 医学において「火」は、人間の体温や代謝、心臓の働きを象徴します。外なる太陽の火(炎帝)と、内なる生命の火(健康)を調和させることが、彼の目指した医学の理想でした。

まとめ:暗闇を照らす知恵の光
神農が「炎帝」と呼ばれる理由。
それは彼が、飢えという暗闇を「農耕の火」で照らし、病という寒さを「医薬の情熱」で温めたからに他なりません。

「火」は時として破壊をもたらしますが、正しく扱えば生命を育む最高の道具となります。
炎帝神農が遺したメッセージは、私たちが持つ情熱や技術を、いかにして「命を救うための光」として使うかという、永遠の課題を問いかけているようです。

神農がなぜ炎の名前をあてがわれたのかも不思議でしたが、医学や農業では火は必須だったということからきていることがわかります。

毒を制した一滴の雫:神農(しんのう)と「茶」の起源

現代の私たちが日常的に楽しんでいる「お茶」。
その始まりをたどると、やはり医薬の祖・神農に行き着きます。
神農にとってお茶は、単なる飲み物ではなく、命をつなぐための「究極の解毒剤」でした。

数千年前、一人の聖者が偶然見つけた緑の葉が、いかにして世界の文化を変えたのか。
その劇的な物語をご紹介します。

1. 伝説の始まり:空から落ちた一枚の葉
神農がお茶を発見した経緯には、非常に有名なエピソードが残っています。

ある日、神農が野外で水を沸かしていたときのこと。
風に吹かれて、近くの木から数枚の葉が鍋の中に落ちました。
すると、お湯は透き通った緑色に変わり、えも言われぬ清々しい香りが立ち上ったのです。

その液体を口にした神農は、全身の巡りが良くなり、頭がすっきりと冴えわたるのを感じました。
これが、人類と「茶」の最初の出会いだったと伝えられています。

2. 「日遇七十二毒、得荼而解之」
神農の伝説を記した古書には、驚くべき一節があります。
「一日に七十二の毒に遭うも、荼(茶)を得てこれを解せり」

  • 命がけの調査: 自らの体で薬草を試し、一日に何度も毒にあたって倒れそうになった神農。

  • 解毒の切り札: 瀕死の状態にある彼を救ったのが、お茶の葉でした。茶葉を噛み、その成分を取り入れることで、体内の毒を洗い流した(洗浄した)といわれています。

この伝説から、中国では古くからお茶のことを「万病の薬」として尊んできました。

3. 「茶」はもともと「検査」だった?
面白い説として、神農が茶を飲んだのは、自分の体が「透明」だったからだという話があります。

  • 内臓の観察: 神農の体は水晶のように透き通っており、食べたものが体の中をどう移動するかが見えたといいます。

  • 茶の役割: お茶を飲むと、その成分が体内を隅々まで巡り、まるでお掃除をするように悪いものを流していく様子が見えた。そこから「茶は体を内側から整えるもの」という確信を得たというのです。

4. 薬から文化へ:神農が遺したギフト
神農の時代にお茶は「薬」でしたが、それが後に「養生(健康法)」となり、さらに「茶道」という「文化」へと昇華していきました。

  • 解毒からリラックスへ: 現代科学でも、お茶に含まれるカテキンやテアニンの健康効果が証明されています。

  • 自然との対話: 神農がお茶を飲んで感じた「清涼感」は、自然界の生命力を自分の体に取り入れるという、東洋哲学の真髄でもあります。

まとめ:一杯のお茶に宿る神話
私たちが何気なく飲んでいる一杯のお茶。
その背景には、自らを実験台にして人類のために良薬を探し求めた、神農の凄まじい執念と慈愛の歴史が隠されています。

仕事の合間にひと息つくとき、お茶の香りが鼻をくすぐったら、ぜひ思い出してみてください。
それは数千年前、森の中で毒に苦しむ神農を救った「奇跡の雫」と同じものかもしれません。

お茶には健康効果があるというのは知られた話です。
具体的にどういうお茶が良いのか紹介します。

1. 「解毒と抗酸化」の王様:緑茶(日本茶・抹茶)
神農が解毒に使ったとされる「茶」に最も近いのが、発酵させない緑茶です。

  • 主な成分: エピガロカテキンガレート(EGCg)

  • 健康効果: 強力な抗酸化作用があり、細胞の老化を防ぎます。また、殺菌・抗ウイルス作用が強く、風邪予防や口内環境の改善にも最適です。

  • 神農ポイント: 抹茶のように「葉そのもの」を摂取すると、水に溶けないビタミンEや食物繊維も丸ごと取り込めます。

2. 「生活習慣病・脂肪燃焼」に:プーアル茶(黒茶)
微生物によって長時間熟成(発酵)させたお茶です。

  • 主な成分: 重合カテキン、リパーゼ(酵素)

  • 健康効果: 脂肪の吸収を抑え、血中のコレステロールや中性脂肪を下げる効果が期待できます。中国では「脂っこい食事にはプーアル茶」が定番です。

  • 神農ポイント: 熟成された「古茶」ほど価値が高く、胃腸に優しく体を温める効果があります。

3. 「リラックスと粘膜保護」に:ルイボスティー
南アフリカ原産のマメ科の植物で、ノンカフェインの代表格です。

  • 主な成分: アスパラチン(特有のポリフェノール)、ミネラル

  • 健康効果: アレルギー症状の緩和や、毛細血管を丈夫にする働きがあります。カフェインを含まないため、就寝前や妊娠中の方でも安心です。

  • 神農ポイント: 活性酸素を除去する酵素(SOD)様作用があり、現代人のストレス対策にぴったりです。

4. 「巡りとデトックス」に:よもぎ茶
「ハーブの女王」と呼ばれ、日本の和漢植物として古くから親しまれています。

  • 主な成分: クロロフィル(葉緑素)、シネオール

  • 健康効果: 血液を浄化し、冷え性の改善やデトックスを促します。食物繊維も豊富で、便秘解消にも役立ちます。

  • 神農ポイント: 少彦名命の知恵にも通じる、日本古来の「和の薬草茶」です。

活性酸素というのは要するに錆のようなものです。
もしくは肉体を錆びさせるものとでもいえばいいでしょうか?
お茶でもルイボスティーのように活性酸素を除去するものがあるのははじめて知りました。
老化、病気予防、美肌に興味のある人は採用しても良いかもしれませんね。


東洋医学の聖典:『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』の驚くべき内容

東洋医学の三大古典の一つに数えられ、2000年以上前の知恵を今に伝える最古の薬物学書、それが『神農本草経』です。
伝説の聖人・神農の名を冠したこの書物には、単なる薬草のリストを超えた、深い生命観と哲学が刻まれています。
現代のサプリメントや医薬品の考え方にも通ずる、その画期的な内容を紐解きます。

1. 全365種の薬物を「3つの階級」に分類
『神農本草経』の最大の特徴は、収録された365種類の薬物を、その効能と安全性によって「上薬・中薬・下薬」の3段階に分けた「三品分類(さんぴんぶんるい)」にあります。

上薬
養命の薬
無毒で長期服用が可能。不老長寿や健康維持、生命力を養うための「命の薬」。
霊芝、人参、地黄、甘草

中薬
養性の薬
使い方次第で毒にもなる。病気を予防し、体力を補うための「性の薬」。
葛根、麻黄、当帰、芍薬

下薬
治病の薬
毒性が強い。病気を治すために短期間だけ使い、長居はさせない「治の薬」。
大黄、附子、半夏

2. 「未病」を防ぐという思想
この分類からわかるのは、最上位の「上薬」が「病気を治す薬」ではなく、「病気にならない体を作るためのもの」と定義されている点です。

  • 未病(みびょう): まだ病気ではないが健康でもない状態。

  • 予防医学の原点: 現代の「未病対策」や「予防医学」の考え方は、すでにこの時代に完成されていました。神農本草経は、対症療法よりも「全体のバランスを整えること」を最優先としています。

3. 自然界のすべてを「薬」と捉える
『神農本草経』が扱うのは植物だけではありません。
大自然にあるものすべてに命の力が宿っていると考え、以下の3カテゴリーに分けて記載されています。

  • 植物(草・木・果・菜・穀): 漢方の中心。

  • 動物(虫・魚・鳥・獣): 鹿角や牡蛎(かき)の殻など。

  • 鉱物(玉・石): 朱砂や雲母など。

これらを組み合わせることで、人間の体の「気・血・水」の乱れを整える知恵が体系化されました。

4. 現代に生きる『神農本草経』の知恵
私たちが風邪の引き始めに飲む「葛根湯」の成分である葛根(かっこん)や麻黄(まおう)、あるいは栄養ドリンクの定番である高麗人参など、現代でも愛用されている生薬の多くは、この書物で定義された効能に基づいています。

  • 実証主義の結晶: 神農が「自ら食べて確かめた」という伝説は、長い時間をかけて多くの人々が試し、効果を積み上げてきた「臨床データの蓄積」を象徴しています。

まとめ:自然と調和する「道」
『神農本草経』は、単に「どの草がどこに効くか」を教える本ではありません。
「自然界の力を借りて、いかに健やかに生きるか」という、人間と自然の調和のあり方を示すガイドブックなのです。

現代の高度な化学薬品も、そのルーツを辿ればこの「本草(ほんぞう)」の世界に行き着きます。
忙しい日々の中で、ふと自分の体を見つめ直すとき、この2000年前の聖典が説く「養生(命を養う)」の精神は、今もなお色褪せない輝きを放っています。

病気の予防という健康予防という思想は今でこそ当たり前です。
しかし日本では最初に採用したのは徳川家康だったといわれています。
織田信長、豊臣秀吉と並ぶ英雄ですが、最終的に天下をとったのは健康予防によって寿命が長かったのも大きかったでしょう。
もし豊臣秀吉があと10年長く生きれば幕府は存在できたでしょうか?
その他、徳川家康は風水の思想も色濃く影響を受けていて、日光から江戸の界隈を風水によって大幅に構築しました。
その装置は江戸市民でなく徳川家の子孫繁栄のみの目的だったと思いますが、現代人が日光東照宮にありがたく参拝しているのには失笑してしまいます。

話がそれましたが、薬膳のようなことまでするかどうかは別にして、健康予防という概念は重要です。
病気の原因は先天性というものを除くといくつかに大別できます。


・ストレス
・生活習慣

です。
ガン、潰瘍、精神疾患、短命というのはだいたいがストレスです。
生活習慣はタバコ、飲酒、食べ物といったところです。
つまりこれらを管理できれば遺伝子通りの寿命となる確率が非常に高いわけですね。
あと運動不足というのもありましたね。
事務職のような長時間ずっと椅子に座っている人は致死率が高いと医学的に証明されつつあります。

それと肉体の回復力という意味では栄養の摂取も重要です。
しかし栄養バランスをいくらとっていても吸収率が低いとやはり病気は治りません。
牛を飼っていて、牛に水を飲ませようと井戸に行っても牛が水を飲まないまま帰宅しているのと同じです。
いくら良いものでも吸収しなければ何の意味もありません。
漢方も同様で、漢方薬が効きやすい人とそうではない人とにはっきり分かれることがわかっています。
今回は良い栄養やサプリや漢方をしっかりと吸収できる人になる方法を伝授します。

肉体が必要な栄養を吸収できるようになる方法

この方法、今まですでに書いているものと思っていました。
しかし調べると書いていないようでした。

栄養バランスが気になる人、サプリで健康保全を図っている人、または漢方をしている人には必要な知識だと思います。
方法は簡単です。
ではいきます。

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