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書評 ミモザ『黄昏ケーキ』(ミモザ堂、2026年)


※京都文フリに出店するミモザさんの短編集『黄昏ケーキ』を拝読させていただきました。
感想を聞きたいとのご依頼でしたので、noteにアップします。


博士の授業のはじまりはじまり

森のタヌキがゆうびんを届けてくれました。
タヌキくん、これはなんだい。
タヌキはもじもじ答えます。
「それは本です。うすいけど、ミモザさんが書いた、まじめな本です。」
どれどれ。
私はうすい本を手に取ります。
タヌキが覗き込みます。タヌキは表紙を見て言いました。
「あ、おいしそう。ケーキがたくさん。これはケーキのレシピ本ですか。」
食いしん坊のタヌキがききます。
いや、ちがうみたい。
私はぱらぱらとめくって、タヌキに答えました。
タヌキくん。ちょっとそこにすわって、私の講義を受ける学生の役をしなさい。


たそがれ

さてさて。ええと。
最初の頁は、「たそがれ」というタイトルの詩のようです。

黄昏
誰そ彼?
言葉遊びだあ。楽しそうだねえ。なんだかワクワクしないかい。
はやく続きが知りたくなるよね。

時間が消えて
たゆたう夕陽
「たゆたう」て意味、知ってるかい。「ゆらゆら」てことさ。
さいきん目にしなくなった表現だね。なんだか私も懐かしくなってきたよ。

まぼろしの店
さあ行きましょう
紅茶を飲みに
珈琲を飲みに
「たぶん全国純喫茶連合のコマーシャルですよ。」とタヌキ。
さあ。最後まで読まずに答えを出すのは早計というものだよ。

ひとりで。
いつもひとりで。
あ、なるほどね~。わかった。うん。よくできている。

タヌキがやきもき聞きます。
「博士。なにがわかったの。ボクにも教えてください。」
ほらここだけ「。」があるだろう?
これがヒントなんだよ。
ここで主人公は自分のかたい意思を表しているのさ。
タヌキが言います。
「でもミモザさんはいつもいろんなひとに囲まれていますよ。博士のほうがずっとひとりぼっちですよ。こんな山奥にこもって。クマみたい。」
私はニコと微笑んで、続けます。


黄昏ケーキ

さて第一章は「黄昏ケーキ」というお話だ。
「やったあ。ケーキだ。博士。明日はホームランだね。」
タヌキくん。ちょっと黙っていなさい。

主人公は悲しんでいます。
なぜだか理由は書いていない。それは読者の想像にゆだねられている。
おそらく説明をわざと省いている。
ミモちゃんが俳句づくりで身につけた、独特の技法だ。

主人公は俯いて歩きながら、「顔を上げて!顔を上げて!」と心のなかで〈繰り返し〉ます。
でも顔を上げることができない。そしてまた心のなかで言う。
涙は下にこぼしまくればいい。
涙がたまって池になったら落ちて沈んでしまえばいい。
ここも語尾に〈繰り返し〉が確認できる。「~ばいい」てね。
そして同じ頁の最後の行。
目の前には散り積もった金木犀。金木犀の水たまり。
と、ここでは「金木犀」という言葉の〈繰り返し〉がある。
そしてここから主人公は喫茶黄昏という名の不思議な喫茶店に迷い込む。

 私がまず注目したのは、この〈繰り返し〉の妙である。
〈繰り返し〉は、心を落ち着かせるため、そして学ぶために為されると言われる。
実際かつて寺子屋で、子どもたちは「師、曰く」と繰り返し、学んだ。
 

黄昏ケーキ」の〈繰り返し〉は言葉だけではない。
情景までもが〈繰り返し〉される。
作品の最後、主人公は金木犀の匂い立つ家路に戻る。
けれども〈繰り返し〉をしない点がひとつだけある。
主人公はもはや俯かない。
顔を上げて空を見る。
この小さな変化をくれたのが、喫茶黄昏なのであった。
しかしこの作品は「お茶を飲んで元気になりました」という幼稚さとは一線を画す。
そうではなく、そのささやかな歓びと癒しのプロセスを一緒に追体験しましょうよと、読者を誘う。 そこに作家ミモちゃんの、読者に開かれた優しさがある。


灯台と青いお茶

短編集「黄昏ケーキ」のなかでも、おそらく最も難解なのは「灯台と青いお茶」です。
けれども実際はたいして難解でもない。もしも難解に感じたら、理解しなければいい。
理解しようとすると、海は何の表象だろうか、舟は何を表しているのだろうか、と考えてしまう。そして行き詰まる。
しかし文学作品を味わいたければ、考えるのではなくて、感じることを優先すべきです。
彼女の言葉にのって、あとはただ彼女を信じればいい。

すると気づくのは、同じような情景が繰り返されるが、何一つ同じものはないことだ。
それはまるで灯台の螺旋階段をのぼりながら見る風景のようだ。
この作品で、主人公は青いお茶を飲んだのがきっかけで、かわりはじめる。
変化は夢に現れる。いつも同じ海の夢だが、当初、海は荒れていたのに、だんだん静かに穏やかになる。
そして自分の現在が、ほんとうに現在なのか、それとも過去なのかさえ分からなくなる。
でもなにが現在でなにが過去か、そんなこと、どうでもいいではないか。
だって潮風が気持ち良いのだから。
と、そこまで達観したミモちゃん渾身の傑作。



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