◇生成AIが使える時代に私が手描きにこだわる理由
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私自身が『私の作品』と思いたい
近年、生成AIの技術が勢いを増している。 作りたい画像を文字で入力するだけで簡単に作れる魔法のような技術だ。
だが私は多分、画像生成AIで画像を作る事は今後も無いと思う。 いつまでもこの『アナログ作画』を続けていくのではないかと思う。 その理由は私自身が自分の作品を『私が作った作品』と思いたいからだ。 私がこの手で描いた作品を胸を張って『私の作品』として投稿したい。 そのためには、すべてをこの手で編み出さなくてはならない。
時々自分の作品を見直すことがあるが、 人体のデッサンはお世辞にも上手いとは言えないし 背景や建物の作画が酷過ぎて我ながら呆れる。 ファッションもセンスがあるとは言えない。 手を書くのは苦手だし、気が付くと『顔漫画』になっている。
それでも私は『アナログ作画』をやめない。 私は自分自身でキャラクターを作り 自分自身でデザインした服を着せ 自分自身でキャラクターの表情を描きたいからだ。
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アナログ作画に宿る『感情』と『色気』
私が子供の頃の漫画はアナログ作画が当たり前だった。 1巻と最新巻を見比べて画力の向上に驚くことも多かった。
アナログ作画の漫画には作者の感情が著しく表れていた。 キャラクターが怒りを感じているときは、線に激情を感じ キャラクターが悲しみを感じているときは 線にそこはかとなく、もの悲しさを感じた。 アナログ作画は作者の伝えたい感情がダイレクトに伝わってくるのだ。 作者は数枚の紙切れに自分の感情を乗せ、 生々しく読者に訴えかけようとする。 そんな作者の企みにまんまとハマった我々読者たちは 怒り、悲しみ、笑い、恐れおののいた。
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そしてアナログ作画には独特の色気がある。 生身の人間が自らの手で作画した作品 人間の手で線を引き、人間の手で色を塗る。 人間の手で作り上げられたその作品が醸し出す『生々しさ』は アナログ作画にしか出せない『色気』だ。 人間にがっつかれ、 インクや絵の具、鉛筆や消しゴムの跡、シワ そして人間の汗を染み込まされたアナログ作品からは ドロリとした情念が匂い立ってくる。
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アナログ作画の手の込んだオシャレさ
太さが均一では無い線、所々ムラのある塗り。 そのような『アラ』が逆にアナログ作画のオシャレさになるのだ。 たまに大昔の海外の広告のデザインを見ると 手描きだからこその大胆な塗りやデフォルメ、 稚拙であることすら味にしてしまう デジタル技術が進んだ現代ではできないような アナログ感あふれるデザインで溢れている。
セル画時代のアニメは、今のアニメ制作と比べると驚くほどのアナログだ。 人の手で引かれた線、人の手で塗られた色 そして人工光を用いた切り絵のような光演出。 現代のアニメ技術と比べるとやや不自然さも見られるが その、やりすぎなくらいの『手作り感』が 逆にキャラクターたちの感情や命を視聴者達にぶつけていたと思う。
最後に
勿論デジタル作画にもデジタル作画の大変さや良さがあると思うし 私自身もデジタル漫画を読んで『美しい』『キャラに魂がある』と 思うことがある。 決してデジタル作画が手抜きだなんて思っていない。
ここまで、アナログ作画について語っておいてなんだが 『アナログ』であろうが、『デジタル』であろうが 私が魅力を感じる絵は『魂を込めて描かれている絵』だ。
私も読者の皆様に『作品に魂がこもっている』と思われたい。 だから私は1からこの手で『魂』や『世界』を作るのだ。
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