ある日、森の中。
ついウトウトしてしまった、と眠い目を擦りながらリビングに向かうと、ソファの向こう側の窓からクマが侵入してきた。もちろん窓ガラスは割られている。そりゃあ無力だよね、ガラスなんて。
近くで見ると想像よりデカいな、なんて呑気なことを考えているうちに、巨体が距離を詰めてくる。黒く短い毛皮は逆立ち、左右にうろうろしながら近づいてくる様子は、こちらを威嚇をしているようにみえた。ここで食い止めねば家族に被害が及ぶだろう。私は覚悟を決めた。
立ち上がった彼奴の前脚が振り下ろされるより僅か速く、懐に踏み込んで、私はクマと組み合う形になった。黒い爪が左腕に食い込むのを感じて、これは折られそうだと感じた。人間がいくら鍛えたところで、野生動物には敵わないことを悟った。
重い。右膝が折れた。最早ここまでか。っていうか君、胸元に月の模様がないじゃあないか。随分と巨体だと思ったが、さてはヒグマだな。どうして本州に居るんだ。いや待て、何かがおかしい。
「バッカもーん!!」
波平を模した娘の叫び声が聞こえた。ジーザス、私の危機に駆けつけてくれたのか。縮地と見紛う身のこなし。彼女はクマの左側に深く沈むように構え、恐ろしく速い手刀を繰り出した。
「クマ野郎ッ!!」
彼女の右腕がクマの左脇腹に深々と刺さる。肋骨を突き抜けているに違いない。ぐがっ、とクマの喉元から空気が漏れて、彼奴の筋肉が跳ねた後、次第に弛緩するのを感じた。微笑みを浮かべて傍に立つ娘の手には、赤黒い塊があった。
「オヤジはもっとうまく盗む」
そんなわけあるかい。
流石に夢だと気づいた私は、直後に目を覚ましました。アクロバティックな寝相の息子が上下逆さまに私の上に寝ていて、彼の右足が幾度も私の左半身に打ち付けられていたであろう布団の乱れ方でした。どうにかならんかね、君。
朝食の際、ふと思い出して長女に「ありがとう」と言いました。夢の中でお礼を言い忘れたものですから、なんとなくモヤモヤしていたのです。キョトンとする彼女に夢の話をすると、なんでやねん、と笑い転げておりました。
友人の救急医が「クマージェンシー・メディシン買った?」なんて意味の分からないことを言うから、そんな夢をみたのかもしれません。
救急医学(エマージェンシー・メディシン)じゃなくて、クマ外傷医学って誰がそんなギャグを、
ありました。
しかも中身は真面目なヤツみたいです。グロ注意の医学書です。広告案件でもなければ開示すべき利益相反(COI)もありませんので、あしからず。
なんのはなしですか。
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、もうちょっと穏やかで楽しい夢がみられますように。
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