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【掌編小説】母の青

母が死んで、紙が一枚残りました。

遺言と呼ぶには短すぎて、便箋の半分も埋まっていません。字は最後のほうで少し崩れています。

こういうものを書き残すのは、別に珍しいことではないです。祖母も書いたし、近所のおばさんも書いたと聞きました。死ぬ前に、自分の色を書いておく。ただそれだけの習慣です。

母のには、こう書いてありました。

 私の青は、
  雨のあとの、遠い山の。
  二階の窓を、内側から見たときの硝子の。

 私の赤は、
  湯呑みの底に残った、最後のひとくちの。

 私の白は、

そこで一度、行が止まっています。

インクの濃さが変わっているので、たぶん日を置いてから続きを書いたのだと思います。

  あの日の、あなたの手の。

読んでも、何も分かりません。

当たり前です。分かるようには書けないから、みんなこういう書き方をするのだし、こういう書き方をしても、やっぱり分からない。

母の見ていた青が、私の見ている青と同じかどうか。それを確かめる方法は、たぶん誰も持っていません。

それでも書く。母も書いた。

台所の明かりの下で、ずいぶん長いこと止まっていたのを覚えています。ペンを持ったまま、何も書いていない時間のほうが長かった。

「遠い山の」の前に、消した跡が二文字ぶんあります。何を書こうとしてやめたのか、読めません。インクが厚く塗り潰してあって、それはもう、母がわざとそうしたのだと思います。

11月の、雨が上がった翌日に、行ってみました。

バス停を降りて、坂を少し上ったところ。母が立っていたのは、たぶんこのあたりです。子どものころ、何度か連れてこられました。何をするでもなく、しばらく立って、帰る。

夕方でした。雨のあとの空気は薄くて、山の輪郭がやけにはっきり見えます。

山は青い。

私の青で。

母のではありません。

そこは、どうしようもない。

でも母はここに立った。同じ坂の、同じ高さのところに。雨の翌日を選んで、夕方を選んで、この山を見た。

分かるのはそれだけです。

それだけしか分からなくて、でも、けっこうな量だという気もしました。

帰りのバスを待ちながら、白の行のことを考えていました。

あの日の、あなたの手の。

あの日がいつなのか、分かりません。心当たりが多すぎるし、少なすぎる気もします。

私の手は今もここにあって、見ようと思えばいつでも見られます。世界でいちばん近い場所にあります。

なのに、母がそれをどんなふうに見ていたかだけが、どうやっても分かりません。

いちばん近いものが、いちばん遠い。

母はそれを知っていて、それでも書いたのだと思います。伝わらないと知りながら、あの日の私の手を、白のところに置いた。

私はまだ、自分の紙を書いていません。

書くとしたら、一行目はもう決まっている気がします。ただ、書いてしまうと何かが済んでしまいそうで、まだペンを持っていません。

バスは、なかなか来ませんでした。

山はだんだん暗くなって、青ではない何かに変わっていきます。そのあたりの色には、まだ名前をつけていません。

つけなくてもいい気がして、そのまま見ていました。

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