【高橋ユキ】のこちら傍聴席41|都路・便槽内怪死事件の謎
本連載をきっかけに、福島の事件事故のニュースについて日頃から気にかけるようになった。しかし、それ以前から気になっていた福島の事件がある。1989年2月に発生した「福島女性教員宅便槽内怪死事件」だ。世の中には私と同様、この事件について関心を寄せている人が多いようだ。
インターネット上には、過去のテレビ放送から切り出したと思しき画像が掲載されたテキストサイトや動画がいくつもある。SNSにも時々、なんの脈絡もなくこの事件についての発信がなされ、大いにバズったりもしている。そうなると、次に湧いてくるのは「どこから得た情報を発信しているのだろうか」という疑問である。尾ひれがついているかもしれないし、事実と異なる内容が紛れ込んでいるかもしれない。というわけで今回、東京・八幡山にある雑誌の図書館「大宅壮一文庫」で、事件当時にどのような報道がなされているのかを確認してきた。
調べてみると、この事件を取り上げている記事は6つ。意外なことにとても少ない。このうち事件発生の年に発表された記事は『AERA』7月4日号掲載の1件のみ。この記事を参考に、振り返ってみたい。
阿武隈山地の丘陵地である福島県田村郡都路村(現・田村市都路町)にあった教員住宅のトイレの中から、男性の遺体が見つかったのは、1989年2月28日。住宅に住んでいた女性教員・Aさんが第一発見者だとされる。トイレの中といっても、個室内から発見されたわけではなく、便槽から発見されたのである。
身元はすぐに分かったようだ。原発保守会社の営業主任であり、村の青年会のレクリエーション担当部長の青年だったKさん(当時26)。しかし便槽から発見された遺体がどこからどうやって、その場所に入り込んだのかは分からなかった。便器口は直径約20㌢、汲み取り口は直径約36㌢であり、容易に入れる場所ではない。しかも遺体は、高さ125㌢、幅は最大でも50㌢という極めて狭いU字管の中で、膝を折り、上半身を丸めて、顔を左側に傾けた状態で固まっていた。加えて、2月だというのに上半身が裸だった。
警察は死因を「狭い場所での圧迫による呼吸困難」および「凍死」と判断したが、この謎の解明はなされないまま、事件は収束しようとしていた。ゆえに、さまざまな噂が持ち上がっていたようだ。その筆頭が「のぞき目的での侵入だったのではないか」という声である。次が「村長選」にまつわる疑惑だ。この選挙でKさんは当初、ある立候補者を応援していた。にもかかわらず終盤に立候補者から頼まれた「最後のお願い」を突然断ったことが記事に書かれており、怪死事件と何らかの関係があるのではと噂されていたようだ。
村では真相究明を求める署名運動が行われ、1カ月足らずで4300人もの署名が集まったという。この署名を携え、三春警察署(現・田村警察署)に嘆願書が提出されたというが、警察は「犯罪に結びつく材料がない」と困惑している……。これが、事件の起きた年の出来事である。
死因は判明していたが、なぜ、どのように便槽に入ってしまったのかは謎のまま。だからこそ今も、人々の関心を引いてしまうのであろう。個人的には何かの事件か事故に巻き込まれ、汲み取り口に逃げ込んでしまったのではないか……などと想像してしまう。
たかはし・ゆき 1974年生まれ。福岡県出身。2005年、女性4人で裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。以後、刑事事件を中心にウェブや雑誌に執筆。近著に『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』。
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