リトル・シスター

【著書紹介文(出版社Webより)】
「行方不明の兄オリンを探してほしい」突然現れたオーファメイと名乗る若い娘は、私立探偵フィリップ・マーロウにそう告げた。娘のいわくありげな態度に惹かれマーロウは依頼を引き受けるが、調査に赴いた先で、次々死体が……。事件はやがて探偵を欲望渦巻くハリウッドの裏通りへ誘う。『かわいい女』新訳版。

*****

レイモンド・チャンドラーによる「私立探偵フィリップ・マーロウ」シリーズの5作目。これは(も)初読。

前作にあたる『水底の女』が静かなトーンだったがゆえに、本作は序盤よりマーロウ節全開という感じでスタートダッシュもかなりの加速度だった。

が、あまりにも人が次々に殺されすぎ(一日一殺人のマーロウどころではない)、かつもちろんシリーズものだからマーロウは死なないことはわかっているわけで、ほんとに誰が誰を殺したのか、頭がこんがらがってしまった。一言でいうと、とにかく難しかった。

訳者によると、オーファメイ(=リトル・シスター)の描かれ方が見事だという賞賛があったが、比較するものではないが個人的には『高い窓』に出てくるマール・デイヴィス(依頼人の秘書)の健気な様子の方が印象に残っている。

7作全てを読み終えてから読もうと思っていた『チャンドラー講義(諏訪部浩一 著)』が手元にあり、これについてはちょっと先に読みたくなった。それぞれ以下を引用させていただく。

.

気分を落ち着かせるためのドライブはマーロウの憂鬱を悪化させるばかりで(Brewer 42)、「どうして私がまとも(human)であるだろうか?」「私のビジネスとは何だ? 私はそれをわかっているのか? それをわかっていたことなどあるのか?」という虚しい自己懐疑は(Chandler, LNOW 269)、彼がアイデンティティ・クライシスに陥っていることを明瞭に示す。(P210)

.

『リトル・シスター』は、チャンドラーの苦労がいたるところからにじみ出ているような小説であり、正直なところ、よく完成することができたものだと感じずにはいられない。本書をチャンドラー自身が嫌っていたことや、さまざまな瑕疵が指摘されてきたことを思うと、そうした苦労が報われたかどうかは判断が難しいともいえるのかもしれないが、少なくともこの作品を苦労して書き、身をもって学んだことを前提としなくては『ロング・グッドバイ』が書かれ得なかったことは間違いないと、次章への予告という意味をこめていっておこう。(p214)

** 引用 ここまで **

.

チャンドラーという作家を誰かが語るときほどに「キャリア」という言葉が使われることはないと思う。マーロウというキャリアがあり、仕事があり、チャンドラーというキャリアがあり、仕事がある。

マーロウを読むことでそこに自分自身を見出すのは、チャンドラーという書き手がいるからだ。自分という書き手がいるからこそ、そこに「キャリア」が生まれるのだと思う。

いいなと思ったら応援しよう!