水底の女

【著書紹介文(出版社Webより)】
私立探偵フィリップ・マーロウは化粧品会社の経営者ドレイス・キングズリーのオフィスに呼ばれた。彼の妻はどうやら男と駆け落ちしたようだ。マーロウは妻の安否確認を依頼され、その足取りを追うことに。だが、たどり着いた湖の町でマーロウが見つけたのは、別の女の死体だった――。旧題『湖中の女』の新訳版
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レイモンド・チャンドラーによる「私立探偵フィリップ・マーロウ」シリーズの4作目。これは(も)初読。
個人的には4か月ぶりぐらいに小説に戻ってきて、「あぁこれだこれだ」と、安堵の気持ちに近いものを感じながら読み進めた(それでも途中で数冊実用書も読んだけれど…)。
本作は、一般的にはチャンドラー自身も批判的であった「ザ・ミステリー」的な趣に位置するようで(後に引用する訳者あとがきの「土台のゆるさ」とも言えるもの)、確かにマーロウシリーズとしては異色かもしれない。
自身の読書メモを見直しても、話のスジに関するメモはたくさんあるがいわゆるフィリップ・マーロウらしさを拾ったところが極端に少なかった。
タイトル通り、水底に沈んでいるような静かな作品といえそう。「ディタッチメント的な雰囲気」は、僕(誠心)自身の心を落ち着かせたし、英気を養うこともできた。
いろいろと頭も体も熱を帯びるような日々の中で、これから訪れる夏の入り口にこのような作品に触れられたことがとてもうれしい。思い出に残る読書体験だった。
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最後に、僕が好きなところをいくつか転載します。(ページ数はハヤカワ文庫版にて)
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「私立探偵が一人、おれはそれしきのものに煩わされたりはしないよ」と彼は言った。
「そうだろうか。私立探偵というのはたった一人でもけっこう厄介なものだぜ。なにしろしつこいし、肘鉄砲をくわされるのには馴れっこになっている。時間で雇われており、その時間を目いっぱい使って、君をいたるところから煩わせることができる」(P35)
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「オーケー」と私は言った。「私のために時間をこんなにも割いていただいて、感謝の限りだ」
「脚はまだかなり痛むのか?」、私が身を屈めて脚をさすっていると、彼はそう尋ねた。
「ずいぶん。でもだんだんましになっている」
「警察の仕事には山ほど問題がある」と彼は優しげなと言ってもいいくらいの声で言った。「政治と似ている。それは最良の人間を要請しているのだが、そこには最良の人間を惹きつけるものは皆無だ。だから我々としては手に入る人材でやっていくしかない。そしてこのような結果がもたらされることになる」
「わかっている」と私は言った。「そのことは常に痛感してきた。いちいち恨みに思ったりはしないよ。おやすみ、ウェバー警部」
「ちょっと待て」と彼は言った。「少しそこに座ってくれ。もし我々がアルモア事件を今回の話に持ち込まなくてはならんのなら、思い切ってそっくり明るいところに引っ張り出して、眺めてみようじゃないか」
「誰かがそうするべき時期がやってきたようだ」と私は言った。そしてもう一度腰を下ろした。(P296~297)
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(訳者あとがきより)
しかしそのような土台のゆるさの上にあっても、フィリップ・マーロウという人物の魅力はやはりひときわ輝いている(そして彼を描写するチャンドラーの筆も相変わらず冴え渡っている)。僕がこの『水底の女』におけるマーロウを個人的に評価するのは、彼が簡単に判断をしないところだ。簡単にウェットにはならないところだ。この話の中でマーロウは実に様々な種類の人々と巡り合うが、彼はすべての相手に対して、態度を徴妙に保留し、しかるべき距離を置いている。そういうディタッチメント的な雰囲気が、この『水底の女』のアンダートーンみたいなものになっているかもしれない。もちろんそれを評価するかしないかは、読者一人ひとりの好き嫌いの問題になってくるわけだが、僕は翻訳者として今回も、マーロウというキャラクターの行動や発言を、ひとつひとつ愉しみ味わいながら辿り、ずいぶん幸せな気持ちになることができた。繰り返すようだが、もうこれでマーロウに会えないのかと思うと、とても淋しい。(P433)
