グレート・ギャツビー【本・映画】
2020/09/19 21:29 に 旧アカウントにて投稿した記事を転載
「思慮を欠いた人々」
この「思慮」という言葉は、僕としては「知性」に置き換えてもいい。
本作を読むのはこれで3回目だが(いずれも村上春樹訳)、確かに訳者が指摘する通り、すぐれた翻訳というのは、あるいはすぐれた物語というのは、いつの時代であっても「すぐそばにある」ことが大切なのだろう。
ところでこの人生において、本当にわかってもらいたい人は何人いればいいのだろうか。あるいはもちろん人数の問題ではないだろう。
古典文学(およそ100年前の物語)の力強さのようなものを感じた。
**以下あらすじはWikipediaより拝借**
語り部のニック・キャラウェイは、中西部出身でイェール大学を卒業後ほどなくして戦争に従軍し、休戦ののち故郷へと帰ってきたものの、そこで孤独感を覚えた。時代は狂騒の20年代のアメリカ。彼は証券会社で働くことを口実に、1922年ニューヨーク郊外のロング・アイランドにあるウエスト・エッグへと引っ越してくる。
隣の大邸宅に住んでいる人物は毎夜豪華なパーティーを開いている。青みを帯びた庭園には男たちや女たちが蛾のように集まって、ささやきやシャンパンや星明かりの下を行き交った。その屋敷の主がジェイ・ギャツビーという人物であると知り、興味を持つ。
ある日ニックはギャツビーのパーティーに招かれる。しかし、そのパーティーの参加者のほとんどがギャツビーについて正確なことを知らず、彼の過去に関して悪意を含んだ噂ばかりを耳にする。やがてニックはギャツビーが5年もの間胸に秘めていたある想いを知ることになる。
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【2021.2.12加筆】
映画「華麗なるギャツビー」1974年版の方を観た。少しでも当時の描写に近いイメージを、ということで(ディカプリオの方は観るつもりはない)。
原作(翻訳)の細部と異なるようなところもいくつかあったけれど、映画は映画で、とてもよかった。特に、サム・ウォーターストン演じるニック・キャラウェイが最高。
確かに原作だとキャラウェイの語りになっているけれど、映画だとキャラウェイが出てくるので、それがいいんだと思う。
デイジーもブキャナンも役柄に合っている。最後の方で「夏もそろそろ終わりやね」(いや、関西弁ではないな)と、ギャツビーとキャラウェイが語り合うシーンが最高。
改めて、人生において「何が大切か」を、教えてくれる作品であると実感しました。しばらく映画をいろいろ観ようかな。
