チャンドラー講義

【著書紹介文(出版社Webより)】
「孤独」な探偵マーロウを通して浮かび上がる、「自分の居場所」を探し続けたチャンドラーの人生。
<マーロウ>シリーズにおける「ハードボイルド」のイメージのゆらぎに着目し、伝記的情報とともにレイモンド・チャンドラーの成長と変化、実存に迫る画期的挑戦。
詩やエッセイ、パルプ作家時代の短編から映画シナリオまで徹底分析。
ファン必読必携、チャンドラー研究の完成形にして決定版!
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本書については、マーロウ全作を読み終えた後に…と思っていたが1つ前の投稿の通り、『リトル・シスター』が「???」であったためつい手を出してしまい、そこでなんとなく、評論家っぽい感じだなぁ…、少し難しい言葉が多用されているなぁ…と感じ、「マーロウを本書で締めてはならない」と直感的に気づき、先に読むことにした。
チャンドラーのキャリアは、45歳でデビュー、5年後に『大いなる眠り』で長篇デビュー。6作目の『ロング・グッドバイ』を頂点に、そのあと愛妻の死などで失速し、実質的には7作目の『プレイバック』が遺作のような位置づけになる。
さらに前期と後期を分けると『水底の女』で前期キャリアを終え、55歳でハリウッドへ行く。
個人的に、「キャリア」という言葉には敏感であるわけだが、チャンドラーほど評する際に「キャリア」という言葉が多用されることはあまりないのではないかと思う。
「私立探偵マーロウもの」というシリーズをこしらえるには、チャンドラーは自意識が強く、マーロウ自身に苦しめられたことも多々あったように思うし、アメリカの当時の時代背景に呼応していることも本書を読んでよくわかった。
ところが今は令和でありここは日本だ。その意味でもこれから僕は『プレイバック』→『ロング・グッドバイ』の順に、自由に楽しみながら読ませていただく(刊行順が逆になっているのも上述の理由に近い)。
と、ここまで書いたところで、やはり本書のような俯瞰できる解説に恩恵を受けていることにも気づく。
『ロング・グッドバイ』は既に4回ぐらい読んでいるので、ここでマーロウベスト3を選ぶとすると、ロング・グッドバイの他に『高い窓』と『水底の女』が入ってくる。
『高い窓』では、マーロウ自身が雇われの身であることが色濃く表されているし、依頼人の秘書であるマール・デイヴィスを救うことは、あるいは自分を救うことでもあったかもしれない。マーロウが仕事をする上での能動性がシンプルでわかりやすいから好きなのかもしれない。「石を投げる相手が明確に存在」したからかもしれない(ちなみに、デイヴィスと、『リトル・シスター』に出てくるオーファメイのイノセンスは対照的)。
『水底の女』と『ロング・グッドバイ』を比べると、これはもう、デタッチメントとコミットメントの違いとなる。後者では、探偵業がただの仕事ではないこと、一人の「人間として」レノックスと向き合うことなどの魅力があふれている。とはいうものの『水底の女』はマーロウの深い内省が感じられる作品で、読後感もとてもよかった。
間に挟まれた『リトル・シスター』からの巻き返し(『ロング・グッドバイ』への飛躍)という事実を目の当たりにするだけでも、チャンドラーの努力や小説執筆への真摯な姿勢を僕は痛切に感じる。
だから、『リトル・シスター』だって『プレイバック』だって、チャンドラーのキャリア全体が僕にはとても愛おしい。諏訪部浩一さんの講義(本書)だって、村上春樹さんの解説だって、みんなチャンドラー愛に満ち満ちている。
1953年11月イギリスで刊行、翌3月アメリカで刊行。そして今日は2025年6月29日、ここは日本。およそ72年を隔ててもこうしてチャンドラーやマーロウを身近に感じられるのがとてもうれしい。古典文学の味わい方をまたひとつ知ることができた。
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ということで、冒頭に「マーロウを本書で締めてはならない」とは申し上げたけれど、この『チャンドラー講義』にも出会えてよかった。
このあと、マーロウ名言集を味わってから、プレイバック、ロング・グッドバイと楽しんでいきます。
