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掛け算を知らない息子が10×10を数えて確かめた

息子は小学一年生である。最近まで保育園にいた。

我が家では公文にも行かせなかったし、英語を習わせたりなんてこともしてこなかった。

小学校に入学してみたら、我が子は足し算や引き算もなんのことやらというかんじなのに比べて、なんとも周りの子は掛け算や割り算まで済ませていると言うことだ。なんてこった。

息子にはいわゆる「おべんきょう」はさせてこなかったが、迷路や塗り絵などは好きだった。一冊渡しておけば、集中して30分や1時間、なんならそれ以上、集中して取り組み、数日、なんなら1日で終わらせてしまう。

ご飯を作る間、ずいぶん集中してやってるなあと思って好きにやらせておいたら、ほぼ一冊終わらせていたみたいなことがあった。その隣で本を読んでいる妻より集中力がある。

そんな息子、他の子達が掛け算やら割り算やら言い合っているのが少し気になったようだ。「それおれ知らないやつだ」と思ったのだろう。「掛け算って何?」と聞いてきた。

最近、ようやく足し算や引き算はなんとなくわかってきたらしい。A君が消しゴムを3こ、Bくんが4こ持ってきたら、合わせて7こである。それくらいはイメージがつくようだ。

「掛け算は、小学校2年生のお兄さんとかお姉さんが勉強することだから、まだそれわからなくっても全然いいんだよ」と言ってみたのだが、それでは納得いかない。それはわかったから、とにかく掛け算がなんなのか知りたいらしい。

ふむ。どうしたものか。少し考えて、教えてみることにした。ちなみにこれは、2人でお風呂に入っている時のことである。

「掛け算っていうのはね」
「うん」
「足し算、引き算、の次に勉強する算数の、数字のやり方のことなんだけどね」
「うん」

計算、数式、などを使わずに教えるというのは、なかなか難しいものだ。

「例えば、学校の先生が、『みなさん、明日は消しゴムを2こずつ持ってきてください』って言ったとする」
「うん」
「だから君は明日、消しゴムを2こ、持っていく。筆箱に入れてね」
「うん」
「明日学校に行って、A君とおはようする。消しゴム2こ持ってきたー?って聞く」
「A君忘れるかも」
「そうか。じゃあB君にするか。B君に聞いてみる」
「B君は持ってきそう」
「よし。じゃあB君と2人で、消しゴム2こ持ってきてるか確認するために、机の上に消しゴム2こずつ、出してみる」
「うん」
「そしたら、机の上には消しゴムが何個ある?」
「???4こ」
「そう。それが2×2=4ってこと」
「ふぅん?」

ピンときていなさそうである。

「2+2=4と何が違うの?」

なるほど。そうきたか。確かに、数字だけ見ると、足し算と掛け算で何が違うのか、よくわからない。なるほど。

「確かにね。それじゃあ、2×3にしてみよう」
「うん」
「君と、A君とB君がみんなで消しゴムの数を数える」
「A君も忘れてこない?」
「うん。みんな、2こずつ持ってくる。そしたら消しゴムは何個?」
「えーっと、6こ」
「そう。その通り。これが2×3=6ってことになる」
「???」

まだピンときていない様子の息子が、こう言った。

「それ掛け算じゃないよ」
「どうして?」
「だって、掛け算じゃなくて、2こと2こと2こを足し算したんだもん」

なるほど。そういう疑問はもっともだ。今は掛け算のことを質問したのであって、足し算のことを聞いたわけではない。何しろ、息子は足し算のことはおおよそわかっているのだ。

しかし、あえてここで説明するまでもなく、掛け算は本質的には足し算の繰り返しである。私が特に仕向けたわけでもないにもかかわらず、その事に気がつけたのは素晴らしい事だと思った。

「うん、そうだよ。よくわかったね。掛け算って、足し算を繰り返してるだけなんだよ」
「え!?そうなの!?」
「うん、そう。だから、いま君が足し算を一生懸命やってるのは、掛け算をじょうずにやるための準備でもある」
「ふぅん。そっか…」

ピンときたかどうかはさておいても、どこかに着地点を見いだそうとしている感じがある。

「じゃあ、10×10=100も、掛け算がわからなくても、足し算を10回やれば100になる?」

10×10=100だけは、友達が呪文のように唱えていたので覚えているらしい。

「おっ、うん、そうだね」
「じゃあ、お風呂から出たら数えてみようかな」
「…そっか、君はすごいな」

なんと、10×10=100を数えてみるということだ。

10×10が100になるのかどうか数えている図

そして実際に、数えていた。素晴らしい集中力だ。

60くらいまでは一つ一つ数えていたが、そのあたりから、50、60、70と十の位がかわるだけで、同じことの繰り返しだと気付いたようだ。

そのことに気がつけたのもすごくね?と思った。これ親バカなだけ?でも、すごいとおもったのだ。

私は小学校で掛け算を習ったし、その後もずいぶん長いこと数学を勉強してきた。しかし、「10を10回足していく」という作業をしながら、途中で規則性に気付き、「あ、これ同じことの繰り返しだ」と自分で発見する経験は、もしかするとあまりしてこなかったかもしれない。

学校では、掛け算は掛け算として教わる。

九九を覚えて、計算を速くする。もちろんそれは大事なことだ。私だって九九を覚えているからこそ、いまさら10を10回足したりはしない。

けれど、その便利なやり方を覚える前に、「なんでそうなるのか」「本当にそうなるのか」を自分でたどる経験には、また別の価値があるのだろうと思う。

息子は掛け算を知らない。だからこそ、10×10というものを、自分の知っている足し算でなんとか理解しようとした。

そして途中で、「あれ、これって10ずつ増えてるだけじゃないか」と気付いた。そして、途方もない数の計算も、根気さえあれば自分の手で確かめられる、小さな数と同じやり方で再現できることを確かめた。

私は横で見ていただけなのに、なんだか少し感動してしまった。

小学校に入学してからというもの、周りの子たちが先取り学習をしているという話を何度も聞いた。あまり心配はしていなかったが、聞いたら聞いたで、うちの子は足し算も怪しいのに、掛け算や割り算、英語、漢字も書けるなんて話を聞くたびに、「うちは大丈夫だろうか」と思わないでもない。

けれど、お風呂上がりに「100まで数えてみようか」と思い至るその発想を持つことができ、そして実際に数えてみる集中力を持つ息子を見ていたら、少し安心した。

勉強というのは、この世界のことを知識として知ることだけではなく、わからないことに出会ったときに、自分なりに考えること。そして考えて、試して、途中で何かに気付くことではなかったか。

もちろん、そのうち学校で掛け算を習う。九九も覚えるだろう。そうしたら今日の話など、あっという間に忘れてしまうかもしれない。

それでも私は、「掛け算って何?」と聞かれたこの日のことを、たぶん長いこと覚えていると思う。

掛け算を教えた日というよりも、息子が、自力で掛け算を見つけようとしていた日として。

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