10年後に必要な力
Bonjour!!フランスで子育て中のRisaです。
「10年後に必要な力は、何ですか?」
東大卒2児ママの夫さんのこの問いかけを読んだとき、私の頭には真っ先に、10歳と8歳になる息子たちの姿が浮かびました。
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10年後、彼らが成人を迎える世界は、きっと今とは全く違う景色でしょう。
私たち世代が歩んできた「正解」のルートは、もうどこにも繋がっていないかもしれません。
そんな「地図のない時代」を歩む彼らに、私が手渡したいもの。
それは英語力でも、プログラミングスキルでも、ましてや偏差値でもありません。
私がたどり着いた結論。それは、自分自身で世界に意味を灯す力――
『意味の自給自足力』です。
10年後はこういう未来になってんじゃね!?
10歳と8歳の息子が、成人を迎える10年後。
そこはきっと、AIがあらゆる「最適解」を数秒で提示してくれる世界だと思います。
知識も、翻訳も、効率的な生き方も、キャリアの選択肢でさえ、
「はいはい、これが一番コスパいいですよ」とAIが教えてくれる。
一見すると、何不自由ない理想的な社会。
でもその裏側で、私たちはある致命的な欠乏に直面する気がしています。
それは、
「で、それの何が面白いの?」
と問い返す力、つまり『意味』の欠乏。
効率だけを追い求めた先にあるのは、誰が選んでも同じ「正解」ばかりの、無色透明な世界。怖いのは、自分で考えることのできない未来。
そんな時代に最も価値を持つのは、偏差値でも、語学力でも、スキルセットでもなく、自分自身で世界に色をつけられる人なんじゃないかと考えます。
だから、今から「意味の自給自足力」を育みたくね!?
私が息子たちに身につけてほしい力。
それを私は、『意味の自給自足力』と名付けました。
AIが提示する「正解」や、社会が押し付ける「価値」に頼らない。たとえ周りから見れば無駄に見えることでも、自分自身で「これは面白い!」「これには価値がある!」と勝手に定義し、それを他者と共有できる力です。
「意味」を誰かに与えてもらう(消費する)側から、自分で生み出す(自給自足する)側へ。
この力さえあれば、どんなに技術が進化しても、彼らが自分を見失うことはありません。
そのためには、多分こんな感じのことやったらいいんじゃね!?
「意味の自給自足力」を育む、理想の教育カリキュラムを考えてみました。
① 教科書のない授業「My 偏愛ラボ」
内容: 時間割の半分を、生徒一人ひとりの「偏愛プロジェクト」に充てます。
具体的に:
生徒が「プログラミングで宇宙を作りたい」、「動物の感情を音楽にしたい」、「雲の動きを一日中観察したい」と言えば、それがその子の「主軸科目」になります。
学校は、その偏愛を形にするための工程を一緒に考える場所。
生徒の課題: 「自分なりの発見を、どう他者に届け、どんな対話を生んだか」というポートフォリオ(活動記録)を提出。
② 実験とレジリエンスの場「失敗博覧会(エラサイエンス)」
※ちなみに エラサイエンス「Error(エラー)」と「Science(サイエンス)」を掛け合わせました。(※私命名)
内容: 理科や算数といった枠組みを超え、「未知の課題にどう挑み、どう失敗したか」を研究する時間です。
具体的に:
たとえば「1+1=2」という正解の世界から離れ、「1+1を100にするには、どんな言い訳(論理)が必要か?」を考える「屁理屈算数」。
自分が途中で投げ出したLEGO、三日坊主で終わった日記、練習したけど弾けなかった曲。それら「ボツ」になったものを、美しく展示する。
完成予想図(写真)と材料だけ渡され、調理法(レシピ)は一切教えずに料理を作る。
期末試験の代わりに「今学期、最も自分を成長させた失敗ベスト3」をプレゼンします。
目的: 成功ルートをなぞるのではなく、あえて道を外れて「誰も見たことがない景色(失敗の残骸)」を作り出す。失敗を恐れるのではなく、『さて、次はどうやってエラい(Error)ことにしてやろうか?』とニヤリと笑える大人になる。
③ 境界線のない「ボーダレス・ダイアログ(対話広場)」
内容: 「教室」という概念を捨て、街全体、世界全体を学びの場にします。
具体的に:
チャットツールやメタバースを活用し、海外のアーティスト、異なる年齢の子供たち、または自分の足で商店街のおじさんや引退した技術者などなどと混ざり合ってプロジェクトを進めます。①の「My 偏愛ラボ」と結びつけるのは面白いかもしれません。
「正解」が一つではない社会の複雑さ(ノイズ)に日常的に触れることで、AIが予測できない「人間特有の共感や直感」を磨きます。
④ 先生の役割は「エド・ナビゲーター」へ
※ちなみに Ed Navigator(エド・ナビゲーター) の「エド」は、
Educationであり、Edit(編集)であり、Explore(探究)のエドです。(※私命名)
内容: 先生は「知識を教える人」から、生徒の「意味の自給自足」を助ける「伴走者(ナビゲーター)」へと変わります。
最大の特徴:
「エド・ナビゲーター」の最も重要なスキルは、「生徒が自ら答えを見つけるまで、正解を言わずに待ち続ける忍耐力」。
生徒と一緒に迷い、一緒に面白がり、「それ、もっと深掘りしたらどうなるかな?」と問いを投げ続ける存在です。
正解なんて、なくていい
このやり方が、正解なわけはない。
むしろ、正解なんてない。
でも、意味を誰かに与えられるのを待つより、不格好でも自分たちで一緒に意味をつくっていく方が、きっと10年後を生きる力になる。
AIがどれだけ賢くなっても、「面白い」を決めるのは、人間の仕事。
10年後、AIに『これが正解です』と言われた時。
息子たちには『へぇ、でも僕はこっちの方が面白いと思うけどね』と、自分の足で立ち止まってほしい。
そのための『意味の自給自足力』
10年後、20歳と18歳になった息子たちとこの記事を読み返すのが、今から楽しみで仕方がありません。家族でこんな未来を語り合えるきっかけをくれたこの企画に、心から感謝です。楽しかった!
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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